学心塾 田村校

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住所
神奈川県平塚市田村5-6-6
電話
0463-54-1605

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 神田小・相模小・横内小・神田中・横内中の生徒が通ってきております。
 当教室は開校以来40年間、毎年、平塚江南高校をはじめ、数々の高校へと進学している伝統ある教室です。“楽しく・厳しく”をモットーに講師一同、一生懸命教えておりますので、皆様もぜひ一度、教室をのぞきに来てみて下さい。

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「信は力なり」です!!

こんにちは、山ちゃんです。

生きている間にこんな奇跡を目にするとは思いませんでした。

何と日本代表が南アフリカ代表に奇跡の勝利を収めたんです。日本代表と言えば、皆さんはサッカーの日本代表や野球の日本代表を思い浮かべるでしょうが、ラグビーの日本代表がワールドカップ2度の優勝を誇り、現在世界ランキング3位の南アフリカ代表を破ったのです。

ラグビーに詳しくない人でも、モーガン・フリーマン主演の映画、「インビクタス/負けざる者たち」で描かれている"スプリングボクス"と言えばわかる人はいるのではないでしょうか。ラグビーのワールドカップが開催されるようになった当時、南アフリカ代表と言えばニュージーランド代表の"オールブラックス"やオーストラリア代表の"ワラビーズ"と共に3強の一角を占める強豪中の強豪でしたが、アパルトヘイトの影響で国際社会から追放されており、ワールドカップへの出場の機会は第3回大会まで待たなければならなかったのです。その第3回大会(南アフリカ大会)での奇跡の初出場・初優勝を描いた映画が「インビクタス/負けざるもの」でした。

という具合に南アフリカ代表がどんなにすごいか説明しても理解してもらえないでしょうから、サッカーで言えば日本がアルゼンチンに勝つぐらいの奇跡だってことです。

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結果を知りながら録画放送を見たこともあり、試合開始当初は複雑な気持ちでテレビを見ていました。複雑な気持ちとは、「代表選手の約3分の1は外国人選手で果たして日本代表と言えるのか」ということです。ラグビーが野球やサッカーのように、日本のメジャースポーツになれない原因の一つはここにあると思うのです。偏狭なナショナリズムと言われれば、そうかもしれませんが日本人横綱の誕生を願う国民感情と変わりはないと思います。かつて、国立競技場を満員にできるスポーツと言えば、ラグビーの早明戦や大学選手権だけでした。大学ラグビーの人気が下がったのも外国人留学生を擁する大学の台頭と無関係とは言い切れないと思います。しかし、一方では「代表チームが国際試合で勝てないことが人気低迷の原因」という声もあります。ラグビーの人気回復、スポーツとして生き残るためには「勝つ」しかない。そのためには"純正日本代表"にこだわっている場合ではないってことだと思います。

そんなことを考えながら試合を見ていると、選手一人一人は日本人であろうが外国人であろうが、チームのために直向きにかつ献身的にプレーをしています。ラグビーの試合が終われば"ノーサイド"、つまり敵も味方もなくなるという意味ですが、チームの中にはもともと"壁"も"境"も"違い"も全くないのです。ひたすらに勝利を目指して戦い抜くだけです。また、代表選手は「国を背負って」とか「日の丸を背負って」とか言われますが、これはあくまでも個人的な見解ですが、ラグビー選手が背負っているものは「ジャージーの重み」だと思います。他のスポーツ選手も日本代表のユニホームに憧れは抱いているでしょうが、特にラグビー選手の代表のユニホーム(ジャージー)に対する憧れは他のスポーツにはないものだと思います。

赤と白のボーダーに左胸に"桜"のエンブレム

これだけで、胸が熱くなりました。試合を見ながらタイムスリップしていました。第1回のラグビーワールドカップが開催されたのが1987年、当時高校2年生でラグビー部の主将だった、"少年山ちゃん"。あの頃は「死んでも構わない」と本気で思って戦っていたことが鮮明に思い出されました。

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試合を見ているうちに、こう感じました。"侍ジャパン"とか"サムライブルー"とか、やたらと「日本人=侍」と強調する風潮がありますが、"侍"の定義を間違えていると思います。"侍"とは「信じるもののために己の全てを賭して戦う」、また「愛するもののために己を捨てられる」者のことをいうのではないでしょうか。そうであるならば、日本代表のジャージーを着てチームの勝利の為に必死に戦っている外国人選手も"侍"と言えるでしょう。

そして、その瞬間はやってきました。試合終了間際の大逆転トライ!数分後にノーサイドの笛が鳴り、ワールドカップでの2勝目を強豪南アフリカ代表から挙げるという歴史的快挙が現実のものとなりました。日本代表の皆さん、本当におめでとうございます!そして、ご苦労様でした。本当にこの試合には勇気を与えてもらいました。一時は7点差をつけられる苦しい展開でも、決して諦めずにプレーをする姿にラガーマンの本能と熱が戻ってくるのを感じました。

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ラグビー好きの人ならば誰でも気づいたと思いますが、この試合のフィナーレは、あの伝説の試合、ドラマ『スクール☆ウォーズ』のモデルになった「伏見工業VS大阪工大高」に酷似しています。ゴール左隅に飛び込むトライシーン、まだトライ後のゴールキックが残っているにも関わらず、奇跡の瞬間を待つ会場の雰囲気、何が起こったのかわからないといった表情で呆然とする相手チームの選手、そしてゴールキックが失敗に終わった直後のノーサイドの笛。

やっぱり、「信は力なり」ですね!!

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以上、山ちゃんでした。

 

吉田松陰と坂本龍馬

こんばんは、山ちゃんです。

いよいよ月曜日から授業再開です。皆さんは、GW期間をどのように過ごしましたか?基本的にインドア派の山ちゃんはアクティブに活動することなく、もっぱら撮り貯めしていた映画などを観て過ごしました。

どんなものを観ていたかといいますと、ノスタルジックなものが多かったです。

「Rocky The Final」…やっぱりRockyシリーズは燃えますね~。

「少林サッカー」…笑いました。好きなんです、ああいうノリ。

「瀬戸内少年野球団」…夏目雅子さん、きれいでしたよ~。

「機動戦士ガンダムⅡ・Ⅲ」…子どもの頃、ハマりました。

「1984年度ラグビー日本選手権決勝 新日鉄釜石vs同志社大学」…伝説の名勝負です。

「大河ドラマ龍馬伝総集編」…幕末物はいいですね~。

なぜ、古いものばかり観るかというと、年齢を重ねると以前に観た時とは違ったものが見えてくることが多いからです。当たり前のことですが、子どもの頃と今とでは視点が違います。20代の頃や30代の頃とも見えてくるものや伝わってくる事が違います。それが面白いのです。皆さんも、いつか試してみて下さい。きっと、違いがみえてくるはずです。

さて、「龍馬伝」は2010年度、今から5年前の大河ドラマです。毎週、欠かさずに観ていました。今日、総集編を観て、やはり5年前には伝わってこなかったことがあることに気づきました。今年の大河ドラマ、「花燃ゆ」は吉田寅次郎(松陰)の妹である杉文が主人公です。先々週の回で松陰は安政の大獄により処刑されてしまいました。ご存じの通り、松陰と龍馬は同じ幕末に活躍した人物です。

ドラマの中で松陰が"志""成すべき事"という言葉をよく使っていました。最も印象に残っている言葉は「何も成さずに死ぬのが怖い」というものです。なぜか今、"志""成すべき事"という言葉がやたらと心に響きます。そして、今日、「龍馬伝」を観ていると、龍馬も"志""成すべき事"という言葉を使っていることに気づきました。5年前には、全くといっていいほどに印象に残らなかった言葉です。

何と言っていいのかわかりませんが、この二人は"男子たる者"を体現した人物のように感じます。また、己の"信念"や"志"を貫き通す為なら死さえも怖れないところ、真心を尽くして人の心を動かしたところが共通点だと思います。

考えてみたら、二人とも30代前半で志半ばに命を落としているんですね。気がついたら自分はこの二人の年齢を越してしまいました。この二人のように大きな志を持ち、人の心を動かせるようになりたいと思う、今日この頃です。今年の夏は高知に行こうかなぁ…。

以上、山ちゃんでした。

自分に負けない

こんにちは、山ちゃんです。

新学期が始まって、もうすぐ一月が経ちます。昨日(4/28)、中1の生徒たちにこんな話をしました。

そろそろ授業や部活も本格的に始まり、少しずつ暑くもなってきた。

精神的にも肉体的にも中学一年生が初めて「辛い」と感じる時期が来る。

でも、それは自分だけではなく他のやつらも同じだ。

だから、眠いことも、暑いことも、苦しいこともみんなが感じていることだ。

そんな理由で何かができないというのは自分の弱い心に負けているだけだ。

自分に勝てない人間は、絶対に他人に勝つことはできない。

他人に負けることは恥ずかしいことではないが、自分に負けることは恥ずかしいことだ。

 

普段はいい加減で、ヘラヘラしている山ちゃんですが、実はかなり負けず嫌いです。さすがにいいオッサンなんで、あまり表には出しませんが、負けると悔しくてたまらないんです。だから、子どもたちに話している内容は常に自分に対して言い聞かせてもいるんです。

「自分の弱い心に負けるな」、多くの著名人がこういった言葉を残しております。簡単なようで実は難しいことだからだと思います。「他人に負けない」ことよりも「自分に負けない」ことの方がより難しいのです。なぜ難しいのか?もちろん人間は頭を使えるので、「逃げる理由や言い訳」を考えるからです。

弱い心に打ち克つには、「夢」や「希望」、または、「支えてくれる人」や「支えてくれるもの」が必要です。どうせ頭を使うなら、これらを「逃げない理由」と考え続けることです。

前からブログではお話ししている通り、山ちゃんもかなり弱い人間です。

山ちゃんが「自分に負けない」、「決して逃げない」と強く心に決めている理由はこれです。

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寄せ書き③
寄せ書き②
学心塾を信頼して通ってくれている子どもたち、巣立っていった卒業生たちのために

学心塾が学心塾であり続けるために

そして、俺が俺であり続けるために

決して逃げる訳にはいかない。決して負ける訳にはいかない。

そう自分に言い聞かせて、日々闘い続けています。

 

最後になってしまったけど、旭校の卒業生(高1生)のみんな、本当にありがとう。前にお前たちに約束した通り、田村校も旭校も俺たちが必ず守るから時々顔を見せに来てな。

田村校の卒業生(高1生)も、俺がいない日ばかり狙って来るなよな!

 

以上、山ちゃんでした。

夢を持つこと

こんにちは、山ちゃんです。

近頃、ボーッと色々なことを考えます。今日は、「塾とはいったい何なのだろう?」とか「塾とは何のためにあるのだろう?」などと考えていました。もちろん、"学力を伸ばすことや成績をあげること、少しでもレベルの高い高校に合格させること"は重要なことは間違いありません。でも、現在うちの塾に通っている子どもたちや、お子様を預けて頂いている保護者の皆様は、それだけを求めているのでしょうか。本当に自分勝手な解釈だと思いますが、もし、"学力を伸ばすことや成績をあげること、少しでもレベルの高い高校に合格させること"だけを求めているのであれば、大手塾など他塾を選ぶのではないかと思わずにはいられません。

入塾の面接や保護者面談の折などで、勉強することを通じて人間的に成長させたいとお話しさせて頂いております。少なからず、それにご賛同頂いているのではないかと考えております。まずは田村校・旭校をどのような塾にしていきたいかと申しますと、

「子どもたちの夢の実現へと導く道しるべ」

「子どもたちの原点や心の拠り所」

つまり、

「子どもたちが自ら道を切り拓き、自ら歩んでいくために道筋を示してあげる」

これが塾、そして私たちの使命だと思います。

では、道筋を示してあげるためには何が必要か。

それは、私たち自身が「夢」を持ち、子どもたちに「夢」を語ってあげることだと思います。

吉田松陰はこう言っています。

夢なき者に理想なし、

理想なき者に計画なし、

計画なき者に実行なし、

実行なき者に成功なし。

故に、夢なき者に成功なし。

子どもたちにも「夢」を持たせなければ「成功」はないということになります。

「最近の子ども(若者)たちには夢がない。」とか

「子ども(若者)が夢を持てないのは社会のせいだ。」などとよく聞きます。

果たしてそうでしょうか?社会や子ども(若者)たちに責任転嫁している身近な大人のせいだとは思いませんか?目先の小さな結果にこだわって、子どもたちから大きな夢を抱く機会を奪っているのは誰でしょう?日々の小さな出来事にとらわれて、子どもたちの前でつまらなそうな姿しか見せていないのは誰でしょう?全て私たち身近な大人たちではないでしょうか。

偉そうに言っている、この私も数年前まではそうでした。

でも今は、楽しまなければ意味がないと考えが変わりました。

目先の小さな結果にこだわらず、子どもたちが人間的に大きく成長できるように、小さな目標や希望を持たせ、それを少しずつ実現させることで自信をつけさせたいと思います。やがて、それが大きな夢へとつながっていくように導いていってあげたいです。そのために、これからも馬鹿げた夢や途方もない夢を語ってあげたいと思います。

以上、山ちゃんでした。

ちょっと早い誕生日プレゼント?!

こんばんは、山ちゃんです。

ボケッとしてたら、もう4月になっちゃいました。あ、熱く春期講習開催中ですのでボケッとはしてないですよ!

4月といえば、もうすぐ山ちゃんの誕生日が来ます。それを知ってか知らずか、卒業生(新高1)のみんなから寄せ書きをもらいました。2月に号泣の日々を送ったため、涙は涸れ果ててしまったので泣きはしませんでしたが、心の中では星飛雄馬状態でした。

巨人の星

2枚ももらっちゃいました!

寄せ書き①
 俺の方こそありがとう!

寄せ書き②
お前たちは俺の一生の宝だ!

寄せ書き③
お前たちみたいな生徒と巡り会えて、俺は本当に幸せだ。俺もこれまで平坦な道ばかり歩いてきたわけじゃない。叶わなかった夢や希望は一つや二つではない。俺も挫折や失敗を経験しながら、ここまで生きてきた。自暴自棄になって諦めかけたこともあるし、報われない自分の人生を嘲笑したこともある。心が折れかかったことは何度もある。

でも、全ての挫折や失敗の延長線上にお前たちとの出会いが待っていたのなら、それらの経験に感謝しなければならない。一つでもどこかで違う結果が出ていたとしたら、当然違う人生を歩んでいたと思う。どっかのタレントまがいの予備校講師などと違って、塾の先生なんて社会からは「負け組」って見られていても不思議ではない。でも、お前らと共に苦しみ、共に笑い、共に泣いた、この一年間の思い出は、どんな大金を積んでも得られるものではない。だから、俺は胸を張って言える。

「俺は勝ち組だ!」

23人の愛する子どもたちへ

「お前たち、本当に愛してるぜ!!」

以上、山ちゃんでした。

卒業おめでとう

こんばんは、山ちゃんです。

時刻は午前3時を回りました。今日は愛する子どもたちが中学校を卒業します。本当ならば祝福の言葉を直接かけてあげたいところですが、どうしてもそれはできないので、せめてブログ上で言葉を贈りたいと思います。

 

卒業おめでとう。中学校の卒業ほど「巣立ち」という言葉がよく似合うものはないと思う。君たちはまさに、小さな巣という狭い世界から大空という果てしなく広がる世界へと羽ばたいていく若鳥だ。かいがいしく世話をしてくれた親鳥の元を離れて、自分の力で飛び立っていく。果てしなく広がる大空は、君たちの未来だ。そこには、いくつもの困難や危険が待ち構えているかもしれない。いつも晴れ渡った青い空が続くとは限らない。強い向かい風が吹くこともあるかもしれない。嵐に遭遇することもあるかもしれない。もう守ってくれる親鳥も巣もない。

でも、恐れることはない。君たちには立派な翼があるじゃないか。

"決して諦めない意志"という翼

"困難や失敗を恐れぬ勇気"という翼

両の翼を広げ、力一杯羽ばたけ!

眼前に広がる大空を自由に羽ばたけ!

もし、飛べなくなったら、俺の元へ帰ってこい。

もう一度、飛べるようにしてやるから。

田村校・旭校の愛する子どもたちへ

平成27年3月13日

山口 崇

愛する42人の子どもたちへ

こんにちは、山ちゃんです。

今年度の高校入試が終了しました。昨日は海鋒先生と午前1時まで田村校・旭校の42人の生徒の思い出を振り返ったり、現2年生への期待や意気込みを語ったりしていました。話している中で強く感じたことは、我々二人は、今年一年間で子どもたちから多くのことを学んだということでした。海鋒先生は若い伸び盛りの先生ですから、成長するのはある意味当然のことですが、俺は年齢的にもキャリアからいっても、あまり伸びしろはないと自分では思っていました。自分で言うのも変な話ですし、成長という言葉があてはまるかどうか分かりませんが、今まで見えなかったものが見えるようになったのは確かですし、今まで感じなかったことを感じるようになったのも確かです。本当に、田村校・旭校の3年生が俺に与えてくれたものは言葉では言い表せないほどのものでした。また、この子たちへの俺の気持ちも何と言ったらいいのかわかりません。俺は表現力には少々自信があるのですが、本当に言葉では言い表せないんです。様々な言葉が浮かんではきても、どれも物足りない気がします。それでも、口に出さずにはいられません。「感謝」などという言葉では言い表しきれない、42人の子どもたちに対する気持ちを込めて、思いつくままにメッセージを書いてみたいと思います。

 

「夢に手が届いた」子どもたちへ

長く苦しい闘いの果てに、幸運にも「夢に手が届いた」お前たち、本当におめでとう。諦めずに最後まで前だけを見て、努力を続けていたお前たちの姿を俺は一生忘れない。焦ったり、落ち込んだり、泣いたりしながらも、がむしゃらに勉強していたよな。

世間一般では「カッコ悪い」のかもしれないけど、お前たちは「カッコ良かった」ぞ。

これだけのことを成し遂げたんだから、胸を張れ。自信を持て。

 

ただし、決して忘れないでほしいことがある。

もう次の新たな闘いが始まっていること。だから、一時の喜びに自分を見失ってはいけない。

そして、お前たちは、これからも頑張り続ける「責任」がある。

 

お前たちが「夢に手が届いた」ことは、もちろん自分の力によるところが大きい。でも、周囲の人たちの支えや協力によって得られた結果だということも忘れてはならない。この先、お前たちが送る人生によっては、周囲の人たちの支えや協力は、全て無駄なものになってしまうこともある。

 

お前たちは「夢や希望」を掴むために、次のステージへと進む。

お前たちが「夢や希望」を掴むことが、周囲の人たちの「夢や希望」でもあることを忘れるな。

お前たちが「夢や希望」を掴むことが、周囲の人たちへの「責任」であることを忘れるな。

 

「夢に手が届かなかった」子どもたちへ

あと一歩、「夢に手が届かなかった」お前たち、下を向くな。全てを否定するな。お前たちがやってきたことは決して間違いではないし、無駄ではない。ほんの少し何かが足りなかっただけだ。それが何であるかを探すことが次への第一歩だ。

今回の結果が「勝ち」、「負け」ではないが、敢えて「勝ち」、「負け」に例えさせてもらう。

勝つにせよ負けるにせよ、それは一時のものだ。誰だって負けることはある。一回だけであれば勝つことはさほど難しいことではないし、大して価値のあるものでもない。

 

勝ち続けることは難しいことだが、負けから立ち上がることはもっと難しいことだ。

誰でも負ければ、自信を失うし、自分を否定したくなる。

でも、今回の「勝ち」、「負け」で全てが決まってしまったわけではない。

次のステージで勝てばいい、いや、勝たなければならない。

 

それは、なぜか。

次のステージで勝つことで、今回の負けが無駄ではなかったこと、そこまでに歩んできた道が間違いではなかったことを証明しなければならない。

今回失ったものを取り戻すために、必ず勝たなければならない。

また、お前たちも周囲の人たちへの「責任」を背負っていることを忘れてはならない。

このまま、立ち上がれなければ、周囲の人たちの支えや協力は全て無駄なものになってしまう。

 

お前たちは、必ず立ち上がらなければならない。

 

お前たちが3年後、「夢や希望を」掴むことが周囲の人たちの「夢や希望」でもあることを忘れるな。

お前たちが3年後、「夢や希望を」掴むことを周囲の人たちが信じている、願っていることを忘れるな。

そして、これからも「独りで闘っているのではない」ことを忘れるな。

今回見られなかった笑顔を見せてくれる日が来るまで、俺はずっとここで待ち続ける。

 

以上、山ちゃんでした。

全員合格してこい!!

こんばんは、山ちゃんです。

今、時刻は5:00を回りました。今日は公立高校の合格発表の日です。あと数時間後には、愛する42名の生徒たちの合否がわかります。水曜日は田村校、木曜日は旭校の生徒たちと久しぶりに対面しました。みんな明るい表情をしていたので安心しました。

昨日、突然思い出したのですが、夏休みに仙台の青葉城跡で田村校・旭校の生徒全員の合格を祈願してきました。

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8月12日の夜に夏合宿から帰って来た後、先生たちと打ち上げをしました。ほぼ一睡もしないまま仙台へ行き、写真の絵馬を奉納してきました。豊臣秀吉、徳川家康の時代に、しぶとく生き抜いた伊達政宗ゆかりの仙台城(青葉城)ですから、きっと生徒たちもしぶとく合格してくれるに違いありません。

入試の前夜に続き合格発表前夜も眠れません。決して不安だからとかいうわけではないのですが、何となく眠れません。普段は神様など信じてはいませんが、今日だけは神にでも仏にでもすがりたいです。

全員合格させてくれるなら、どんな犠牲でも払います。

試練を与えるならば、子どもたちではなく俺に与えて下さい。

子どもたちの夢や希望が叶うならば、俺の夢や希望は捨てても構いません。

 

今日は独り、田村校で電話を待っています。

以上、山ちゃんでした。

暇を持て余している受験生へ

こんにちは、山ちゃんです。

受験を終えて何をしたらいいのかわからないという受験生も多いことでしょう。

仕事一筋に生きてきて、定年退職後に何をしたらいいのかわからず時間を持て余すサラリーマンに似ていますね。

では、こうしてはいかがですか?

「自分の受験生としてのこの一年間を振り返る」

受験勉強は志望校に合格するのが第一の目的でしたが、君たちは受験勉強を通して、学力だけではなく様々なことを学び、体得したはずです。自分なりに受験生としてのこの一年間を振り返り、何が良かった(できた)のか、何が悪かった(できなかった)のかを明確にして、それを今後の人生に役立ててほしいと思います。

まずは自分に問いかけて下さい。

自分は受験勉強を通して、どのようなことを学んだのか。

自分は受験勉強を通して、どういうところが成長したのか。

 

具体的には、

①最後まで諦めずに、夢に向かって努力を怠らなかった。

Yesの人⇒これから先は、さらに険しい道が君たちを待ち受けています。それを乗り越える際に、最も重要なことです。「不断の努力」こそが「夢」をつかむための唯一の手段です。自信を持って、これからも歩んでいって下さい。

 

②焦りや不安から、家族や友人に当たってしまった。

Yesの人⇒苦しんでいるのは自分一人ではありません。周りの人も、そういう君たちの姿を見て胸を痛めていたはずです。これからは、周囲の人たちの支えがあっての自分ということを忘れないようにして下さい。

 

③得意・不得意は関係なく勉強をした。

Noの人⇒嫌なこと、苦手なことから逃げてばかりでは、これから先の人生でも苦労をするでしょう。勉強・仕事・人間関係、どれをとっても嫌なことや苦手なことはたくさんあるでしょう。これからは、嫌なことから逃げずに正面からぶつかっていくようにしましょう。君たちが思っているほど大したことはないはずです。

 

④困った時や不安な時に相談する相手がいた。

Noの人⇒一人で悩んでいても解決に至らなければ意味がありません。他人に迷惑をかけたくないからといって、一人で抱え込んだ結果、できなかったとしたら、それこそ他人に迷惑をかけることになります。人に頼ったり、人の力を借りたりすることは恥ずかしいことでもいけないことでもありません。解決することが最も大切なことだということを忘れないで下さい。

 

どうでしょうか。他にも省みることはあると思います。ほんの少しの時間でもいいから、考えてみて下さい。

以上、山ちゃんでした。

お前たちを信じている

こんにちは、山ちゃんです。

現在、俺の愛する42名の生徒たちがあらん限りの力で闘っている。

どんな問題が出たのだろう。どんな顔をして試験を受けているのだろう。焦っていないだろうか。心が折れかかっていないだろうか。考え出すといてもたってもいられない。出来ることなら、全ての高校を回って励ましてあげたい。

しかし、昨日まで俺たちに支えられながら頑張ってきた生徒たちが、己の力のみで闘っている、己の力で合格を勝ち取ろうと必死に頑張っている。俺に出来ることは、生徒たちを信じて待つことしかない。

 

人を愛するということは、相手を信じ、待ち、許すことだ。

 

この言葉は、俺のバイブル、「スクール☆ウォーズ」の主人公である滝沢先生が中学生の頃、恩師にかけられた言葉だ。

今、この言葉を噛みしめている。

 

俺も生徒たちを信じ、待ち、許さなければならない。

なぜなら、俺は生徒たちを愛しているから。

さぁ、ゴールはもうすぐだ。最後まで諦めるな。頑張れ、俺の愛する42名の生徒たち。

俺はお前たちの帰りを待っている。

 

以上、山ちゃんでした。

俺は幸せ者だ

こんばんは、山ちゃんです。

時刻は午前2時を回りました。あと数時間後に愛する42名(田村校23名・旭校19名)の生徒たちが人生初の大勝負に挑みます。去年も同じでしたが、入試当日の深夜は何とも言えない気持ちになります。正直に言って、この3週間は肉体的にも精神的にも辛かったはずです。去年までは自分の校舎の生徒のことだけ考えていれば良かったのが、今年は旭校の生徒のことまで必死に考えていました。限界はとうに超えているはずなんですが、生徒たちの必死な眼差しを見ると、不思議と疲れは感じませんでした。だから、早く入試が終わってほしいと思う反面、もう少しこの子たちと一緒に頑張っていたいと思っていました。そうできるのは15日までとわかっていたので、この1週間は寂しさとの戦いでもありました。

15日は田村校・旭校とも入試前日に最後の激励をする予定でした。まずは、田村校でしたが、可愛い生徒たちを前にしては泣かずにはいられませんでした。考えてみれば、生徒の前で涙を見せたことなど一度もありませんでした。続いて旭校は、わざわざ生徒を待たせていてくれました。初めは笑顔で話せていましたが、やっぱりダメでした。実は金曜日に「自分は過去に力を出し切れずに失敗をして悔しい思いをした。だから君たちには俺と同じ思いはさせたくない。」という話をしていたのですが、「あの時、失敗をしていなければ、君たちに会うことはなかった。そう思ったら、失敗して良かった。」と話したら涙が止まらなくなってしまいました。そう思わせてくれる生徒たちなんです。本当に今年の3年生は田村校も旭校も可愛い生徒ばかりでした。

田村校には、同じ名前、同じ部活で本当によく頑張る二人の女の子がいます。頑張りすぎと思うほど頑張るんです。「そんなに頑張らなくていいんだよ、もう頑張るのはよしな。」と声をかけたのは、この二人だけです。二人とも俺の宝です。

何度も何度も俺に殴られ、何度も泣かされていた男の子がいます。お父さんと二人で2時間以上も説教したこともありました。それを機に本当によく勉強するようになりました。本人は他の先生に、山口先生は自分たちだけ扱いが違うと訴えていたそうですが、憎めない可愛いヤツです。

自分に自信がなく、行きたい高校の名前を口にできずに泣いていた女の子もいました。模試の結果が振るわず、受験校の変更をにおわせた時に、ここまでやってきたんだから、諦めたくないと泣いていた子もいました。毎晩、落ちる夢ばかり見ると泣きついた子もいました。みんな本当に可愛い生徒です。

 

旭校には俺の一言で退塾を思いとどまってくれた子がいます。どんなに頑張っても、周りのみんなについていけないと泣いていました。その後、彼女が弱音を吐くのを聞いたことがありません。最後まで諦めずによくがんばってくれました。

3週間前に突然俺を頼ってきた子がいます。彼女は頭のいい子で、心遣いが細やかなとても優しい子です。友達同士の軽い会話の時には、ズバズバとものを言いますが、本当に思っていることは相手を思いやりすぎて言えない子です。自分の気持ちを押し殺してきたせいもあって、とてもネガティブな面がありました。自分に自信さえ持てれば間違いなく合格できるはずだと思いましたし、この子にとっては合格すること以外に自信をつける手段はないと思いました。この3週間、彼女に付きっきりと言ってもいいほど一緒に頑張ってきました。そんな日々が終わってしまうのも少し寂しい気がします。この子も俺の宝の一人です。

もう一人ネガティブな女の子がいます。彼女も自分に自信がないと泣いていました。短所を探す方が難しいほどいい子なんです。「自分の悪いところばかりじゃなく、良いところにも目を向けなさい。そうすれば自信が湧いてくる。」と声をかけたら、号泣していました。本当に可愛い子です。

こんな子たちに囲まれて過ごした約1年、とても幸せでした。

お前ら本当にありがとう。心から感謝している。もっともっとお前たちの笑顔を見ていたかった。

頑張れ、俺のかわいい42人の子どもたち!

以上、山ちゃんでした。

 

ラグビーのスゝメ

こんばんは、山ちゃんです。

突然ですが、ご存じのない方もいらっしゃると思いますが、このブログには「山ちゃんのハードタックル」という名前をつけております。ネーミングの由来は山ちゃんが元ラガーマンだったからです。野球やサッカーに比べてラグビーと言えば、マイナースポーツに近いかもしれません。でも、かつては国立競技場に6万人以上の観衆を集められるのは大学ラグビーの試合しかないという時代もありました。当時、現役高校ラガーマンだった山ちゃんは国立の大観衆の前で繰り広げられる試合に胸を熱くするとともに、大学のラグビー部に憧れを抱いていました。中でも早稲田・慶應・明治・同志社のラグビー部は、それぞれの固有の伝統・戦術、それに魂と呼ぶにふさわしい誇りを持っていました。マジで格好良かったですね~。イケメンなんて皆無です。チャラチャラなんて全く無縁です。今の時代では、むしろ格好悪いと言われるでしょうね。近頃、「サムライ」という言葉を乱用していますが、この当時の学生ラガーマンこそ「サムライ」だったと思います。

 

さて、前置きが長くなりましたが、今日はラグビーというスポーツの魅力を紹介したいと思います。

魅力①:素質・才能は二の次

スポーツでは、体の大きさや足の速さなど素質がものを言うことが多いですよね。ラグビーでも素質や才能は不要ということではありませんが、体が小さくても、足が遅くてもできるポジションがあります。それぞれのポジションの選手が自分の持ち味を活かし、個々の小さな力を結集してチームとして戦うスポーツです。では、ラグビー選手に最も必要とされるものは何かと言いますと、それは「勇気」「責任感」です。ラグビーは身体の接触が多いスポーツです。それにも関わらず、防具らしきものは全くありません。ですから、怪我が絶えません。また、相手の攻撃を防ぐ手段と言えばタックルしかありません。自分よりも体の大きい選手が地響きを立てて突進してくる足下に飛び込んで止めなければならないんです。ここで一瞬でも恐怖感からためらえば、止めることはできません。下手をすれば、大怪我につながりかねません。恐怖を感じない選手など一人もいません。その恐怖に打ち克つのに必要なものが「勇気」「責任感」なんです。どんなに鮮やかにトライを決める選手であっても、タックルができなければ「臆病者」です。「臆病者」と思われるのは、最も屈辱的なことなので死に物狂いでタックルしていました。

そして、誰か一人でも責任を放棄すれば相手に勝つことはできません。スクラムは8人で組むのですが、一人でも力を抜けば相手を押し込むことは当然のこと、相手の押しに耐えることもできないのは誰でもわかることだと思います。同じようにタックルも誰かが止めてくれると、一人が手を抜けば必ず他の選手に負担がかかります。それを選手全員が知っているので、必然的に「責任感」を持つようになります。こうして「連帯感」が生まれていきます。そして、選手一人ひとりがチームや仲間に対する「誇り」を感じるようになります。自分がプレーしていた時には気づかなかったことですが、こうして改めて客観的に書いてみるとラガーマンこそサムライなんですね。

 

魅力②:楕円球

ラグビーボールはご存じの通り、楕円形をしています。楕円球であるが故に、転がり方一つで勝敗を分けることもあります。滝沢先生(スクール☆ウォーズというドラマの主人公)の言葉です。

「このボールは一度転がり出したら、どちらに転がるかはわからない。しかし、一生懸命にボールを負わない奴の胸にこのボールは飛び込んでこない。」

下手な説明などいりませんね。

 

スクール☆ウォーズというドラマには「ラグビーは人生そのものだ。」という言葉が何度もでてきます。今、その言葉の意味がよく分かります。自分の支えや拠り所になっているものはラグビーなんだとつくづく感じます。

ラグビー最高!

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以上、山ちゃんでした。

 

 

「競争」より「達成感」 に物申す!

こんばんは、山ちゃんです。

今朝、新聞で次のような記事を読みました。

「競争」より「達成感」 子どもの運動、学校現場に変化

運動が得意な子と苦手な子。小中学生の間で二極化が進んでいるという。競ったり、がむしゃらに頑張ったりするより、「達成感」を大事にしたい。学校現場では、それぞれの子どもの力に合わせた取り組みが広がっている。

 

「最近は『何が何でも頑張る』ということが少なくなっている。」体育系の部活に携わってきた千葉県内の公立中学校長(55)は、ここ数年、そう感じている。3年ほど前に勤務していた学校では、体育の持久走で順位やタイムを競う方式がなくなっていた。20分間に走った距離を一人ひとりが毎回足し算し、自分の目標をどれだけ達成できたかを評価する仕組みだ。

 

「無理をしてでも頑張る、という風潮は10年くらい前まで。『本人が気持ちよく運動できるようにしてほしい』という保護者の声は強く、学校現場もそうした方向で指導する流れになっている」と話す。

 

神奈川県内のある公立小学校でも、持久走の大会が約10年前に、個人の記録会に変わった。一定のペースで走る方法を身につけるため、友達とペアになって互いにタイムを計ったり声を掛け合ったりしながら走る練習を取り入れたという。

 [朝日新聞より]

賛否両論だとは思いますが、ご批判・お叱りを受けるのは承知の上で言わせて頂きたいと思います。

文部科学省が大々的に調査・発表などしなくても、我々現場の人間には子どもたちの体力低下など、とうにわかっていたことです。子どもたちが話している50M走のタイム等を聞いていても、運動会での体の動かし方や走る姿を見ていても顕著に表れています。以前、塾のチラシで子どもたちの学力低下が叫ばれて久しいと書かせて頂いたことがあります。学力が低下している上に体力まで低下では、文科省や学校関係者は子どもたちをどう教育するつもりなのかと首をかしげたくもなります。

学力の面では「ゆとり教育」が失敗の一因だったことは疑う余地もありません。しかし、「詰め込み教育」や「過度な競争」が良くないことも確かです。要は「詰め込み」、「ゆとり」のどちらも、子どもたちが自ら考え、取り組ませる姿勢を養わなかったのが失敗の根本なのです。狂騒的とも言える「詰め込み」によって考える間を与えなかったことや、「ゆとり」の名の下に子どもを甘やかし続けたツケが回ってきただけのことです。

「競争」より「達成感」とは、つまり運動のゆとり化ということです。回復傾向にあるとはいえ、こちらも学力同様に看過すべき問題ではないのは明らかです。

勘違いしないで頂きたいのは、自分は学校批判をしているわけでもご家庭を批判しているわけでもありません。では、何が言いたいのか。

子どもの学力低下も体力低下も社会(=大人)の責任である。

ということです。

社会(=大人)全体が子どもに対して過保護になりすぎていませんか。

こどもの頃に「何が何でも頑張る」ことをさせずに、「本人が気持ちよい」ことしか取り組ませないことが困難と言えない程度の負荷からも逃げる子どもを作り出しているのではありませんか。そんな子どもたちが大人になりきれないままに、「ニート」になったり「子どもを虐待するような親」になったりするのです。

確かに「達成感」は大切です。しかし、始めに教えるべきことは「努力」や「競争」や「忍耐」です。教える順序が間違っているとしか言いようがありません。先に「達成感」を教えてしまったら、その後、どうやって「努力」や「競争」をさせるのですか?社会に出た時に、一番必要なことは「忍耐」だと、我々大人は知っているではないですか。それを身につけさせずに、社会に送り出すのは、我々大人の無責任、あるいは怠慢と言っても過言ではありません。

洋の東西、古今を問わず子どもは可愛いものです。昔から、「可愛い子には旅をさせろ」と言います。

「努力」・「競争」・「忍耐」、子どもたちは「できない」のではなく、「したことがない」あるいは「する必要がなかった」からできないのであって、やらせればできるようになります。少なくとも私はそう信じております。学力も体力も同じに決まっています。

私はここまで自分を育ててくれた社会(=大人)に感謝しております。ですから、その教えを受け継ぎ、これからの世の中を担う次の世代を立派な大人に育てるのが使命、そして自分を育ててくれた方々に対するささやかな恩返しだと考えております。

以上、学心塾の「頑固オヤジ」山ちゃんでした。

 

不安を抱えている受験生へ

こんにちは、山ちゃんです。

昨日、中3生全員と期末テストの結果をふまえて個人面談をしました。期末テストの結果については満足できていない様子でした。まぁ、終わってしまったものは叱ったところで結果が変わるわけでもないので、これから先についてのことを中心に話しました。当然のことですが、現在志望している高校に不安を感じている子がたくさんいました。

「自分はこの高校を志望していいのか?」

「志望校のレベルと自分のレベルが合っていないんじゃないか?」 etc...

このような不安を感じている人は、田村校の生徒だけではないと思います。漢(おとこ)山ちゃんは、みんなにこう言いました。

「今の時点で、その高校を受験する覚悟が決まっていないのならば、今すぐ諦めろ。」

「どうしても合格したいのならば、どんな犠牲でも払う覚悟をしろ。」

厳しい言い方ですが、受験まであと4ヶ月しか時間は残されていないんです。志望校が決まっていないとか迷っているとかの時期ではないんです。もっと言ってしまえば、1ヶ月後の中間テストのことや、成績のことなど、余計なことを考えずに受験のための勉強に100%集中してもいい時期だと思います。ですから、迷っていたり、不安にとりつかれている場合ではないんです。

さて、皆さん、「欲しいもの」を手に入れるためには、それに見合った対価(お金など)を払わなければならないのはわかりますよね。また、「タダで手に入るもの」など大した価値がないのもわかりますよね。皆さんが志望する高校は「欲しいもの」なんじゃないですか?だったら、それに見合った対価、つまり犠牲を払わなければならないのは当然のことです。犠牲とは「我慢」をすることです。

楽しいことがしたいのを我慢する。

なかなか思うように点数がとれなくても我慢する。

親や先生から厳しいことを言われても我慢する。

精神的に苦しくても我慢する。

これぐらいの我慢ができないようでは、志望校に合格することは到底不可能です。こういう苦しさを乗り越えるからこそ価値のある合格と言えるのです。そして、その時には「自信」と「経験」というかけがえのないものも同時に得られるのです。安全に行ける学校なんて「タダで手に入るもの」と同じです。

さらに、もう一つ。

「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥」という言葉を知っていますね。

山ちゃんは、この言葉を少しかえて、自分によく言い聞かせています。

それは、

「失敗は一時の恥、逃げるは一生の恥」

「挫折は一時の苦しみ、逃げるは一生の苦しみ」

何かに挑戦しようとすれば、失敗や挫折はつきものです。誰でも失敗や挫折はしたくないものです。山ちゃんだって同じです。でも、失敗や挫折を恐れていたら、何も成し遂げることはできません。内申点や実力が志望校に合格するために不可欠なのは言うまでもありません。しかし、内申点や実力だけでは合格できないのが受験なんです。いざ、緊張感が漂う試験場に行けば、内申点や模試の結果等による実力なんて気休めにしかなりません。では、他に何が必要なのか。

それは、

失敗や挫折を恐れない勇気

困難から絶対に逃げない決意

どんな結果であっても受け入れる覚悟

これらの強い気持ちを持っている人だけが、自分の真の力を大舞台で発揮できるんです。

要するに受験は他人との戦いではなく自分(人間が持つ弱い心)との戦いです。

己の弱い心に打ち克ったものだけが勝利を掴むことができるのです。

さぁ、困難に真っ正面から立ち向かえ。自分を乗り越えろ。

以上、山ちゃんでした。

 

信は力なり

こんばんは、山ちゃんです。

まだ、暑さも少し残ってはいますが、風と空気は確実に秋らしくなってきましたね。夏休み以降というか、5月頃からずっと精神的に忙しい日々が続いております。無尽蔵のスタミナを誇る山ちゃんですが、さすがに少々バテ気味です。人間、疲れてくると思考能力も低下してしまいます。山ちゃんのスーパーコンピュータ級の頭脳(くだらないこと・アホなことを考える専用)も冴えないというかキレがなくなっています。というわけで、少し充電期間が必要と思い、ブログの更新も滞っていたのです。(単なる言い訳ですが…)

さて、読者の皆様の期待に応えて、久しぶりに山ちゃん節を炸裂させようと思います。

少し前の話ですが、とても嬉しいことがありました。それは、中3の模擬試験で合計得点の平均が、殿下率いる大磯校を抑えて、ついにトップの座に上り詰めたのです!!いやぁ、夢のようでした。本当に生徒たちは頑張ったと思います。

ここまで来るのは長い道のりだったと思います。思い起こせば、山ちゃんが田村校に来た頃は、大磯校に勝ちたいなんて恥ずかしくて口にもできないほどでした。山ちゃんのバイブルである、スクール☆ウォーズで説明するとこんな感じです。

これぐらいの差があったと思います。

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負けず嫌いの山ちゃんは、よくこう言ったものでした。

「お前ら俺がなぜ怒っているのかわからないのか?」

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生徒の反応は初めはこんな感じでした。

「何か先生一人で熱くなってるよ。いい加減にしてほしいよな。」

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ところが、次第に山ちゃんの言葉が伝わったのか、悔しさが芽生えてきたようでした。

「お前らゼロか!ゼロの人間なのか!悔しくないのか!」

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「今までは負けるのが当たり前だと思っていたけど、にやついてごまかしていたけど、今は悔しいです!」

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「俺も悔しいです!大磯校に勝ちたいです!」

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この後、ドラマでは「殴られた痛みなど三日もすれば忘れる。だがな、今日の悔しさだけは絶対に忘れるなよ!」と言って、先生は生徒を一人一人殴ります。(もちろん山ちゃんは殴ったりはしていませんよ!)

そして、遂にその瞬間がやってきたのです!

「信は力なりです!」

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しかし、これで終わったわけではありません。まだまだ闘いは続きます。殿下率いる大磯校が王者であることは変わりません。田村校は常にチャレンジャーです。これからも、この結果に満足することなく、生徒たちと一緒に頑張っていこうと思います。

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以上、山ちゃんでした。
 

 

悔しかったら、俺を見返してみろ

 こんにちは、山ちゃんです。

昨日、あることに対して本気で怒りました。正確に言うと、本気で他人を叱りました。以前から厳しく叱らなければならないと思ってはいたのですが、周囲の仲間たちと相談していると、こんなことを言われました。

厳しくし過ぎると今の子ども(若い人)はダメ

傷ついたり、やる気を損ねないように気を遣ってやらなければならない

叱るよりも褒める方がいい

考え抜いて出した結論が

「中途半端に気を遣ったりせず、完膚なきまでに叩き潰す」

ぐらいの本気で叱るということでした。今まで中途半端に気を遣いながら叱っていたので、言葉にも態度にも迫力がなく、人の心を動かすほどのものではなかったと反省をしました。やはり、人の心を動かすにはそれ相当の気持ちを込めなければと思いました。

さらに、子ども(若い人)たちに、周りの人たちや社会が自分に合わせてくれることや自分を受け入れてくれることを期待してばかりではいけないということを伝えたいとも思いました。我慢を強いられることもなく、自由を歪んだ形で解釈してきた子ども(若い人)たちは社会性・協調性に欠けていることが多く見られます。

自分が周り(社会)に合わせる。自分が周り(社会)とうまくいかないのは、自分の方にも原因があるということを理解しなければなりません。自由と自分勝手、自分本位は全く違います。ベースには常識や社会的ルールがあって、その範囲内で自由というものが存在するのです。自己流というのも同じで、基本がしっかりできていない人の自己流は単なる独善・独りよがりなのです。

自己主張についても同じ事が言えると思います。自己主張や自己顕示欲が強い人は、概して他人の話を聞かない人や客観的に自分を見ることができない人が多いと思います。自己主張や自己顕示欲を否定しているのではありません。これらが全くない人も、それはそれで問題だと思います。まずは、他人の話(主張)を聞いて、一度それを受け入れた上で自己主張をすることが大事です。自分を客観的に見て、他人の目にはどう映るのかを考えた上で自己顕示をするのです。他者の考えや視点が、先ほど書いた「ベース」や「基本」と同じく、土台となるものなのです。

さぁ、これからが本当の勝負です。自分の殻を打ち破れないまま、器の小さい人間に成り下がるのか。それとも、叩き潰された今までの自分を捨てて、器の大きい人間になるべく謙虚にゼロから再スタートを切るのか。

褒められたければ、褒められる人間になってみろ

認められたければ、認められる人間になってみろ

自信がないなら、自信がつくまで努力してみろ

今後を見守りたいと思います。

以上、山ちゃんでした。

 

 

後輩が背中を見ているんだぞ!

こんばんは、山ちゃんです。

昨日(14日)のことですが、中2の生徒たちにライデイン(カミナリ)を落としました。なぜかといいますと、宿題をやっていない生徒が多かった(しかも、宿題のプリントすら持っていないという体たらく)からです。2年生に進級して以降、何度も「今年は成績を取りに行かなければならない。」、「まずは意識から変えていかなければならない。」と言ってきたにも関わらずです。

だから、昨日はお説教の趣旨を変えてみました。

①定期テストの点数を上げることは誰にでも簡単にできることではないが、態度や姿勢を改めることは心がけ一つで誰にでもできることだ。

②宿題や提出物は「約束」の一種であるから、「約束」を守らないことは人としてあるまじき行為だ。

③後輩が自分の背中を見ていることをもっと意識しろ。

生徒たちは真剣な眼差しで聞いてくれていました。これがきっかけで少しでも意識が変わってくれればと思います。全員の意識が変わるまで、何度でも言い続けるつもりです。また、いずれの話も生徒に向かって話していながら、同時に自分に対する戒めの言葉でもあります。特に後輩が自分の背中を見ているということは絶対に忘れてはならないことだと思います。自分の場合、生徒たちは言うまでもなく、共に闘っている仲間たちからも見られているという意識を持たないといけないと思っています。

小手先や口先では他人の「心」を動かすこと、つまり感動を与えることなど不可能なんです。

口ではなく、背中で語れるようにならなければならない。

他人の「心」を動かすのもまた、「心」である。

最近、自分に言い聞かせている言葉です。

かなり臭かったですね。

以上、山ちゃんでした。

 

「プライド」と「誇り」

こんばんは、山ちゃんです。

突然ですが、「プライド」「誇り」って同じものでしょうか?最近、こういったことをよく考えてしまいます。確かに「プライド」を日本語に訳すと「誇り」ですし、その逆もまたしかりです。反論もあるでしょうし、間違っているのかもしれませんが、個人的には若干違うものと感じます。では、どう違うのかといいますと、使い方やイメージに違いがあるように感じます。

①あの人はプライドが高い人だ。

②あの人は誇り高い人だ。

なんとなく①はイメージがよくないように感じませんか?

③わかってはいるが、プライドが邪魔をする。

③は明らかに悪いイメージですよね。

ですから山ちゃんがそれぞれの言葉に持つイメージはこんな感じです。

「プライド」…自尊心や小さなこだわり、つまらない意地

「誇り」…その人の心の拠り所、その人を支えるもの、大切にしているもの

何が言いたいかといいますと、今の中高生をはじめ若い人は高い「プライド」は持っているが、「誇り」は持っていないと感じるということです。偏見かもしれませんが、「プライド」が邪魔をして人間的な成長ができない人が多いようにも感じます。かく言う山ちゃんもかなり「プライド」は高いと自負しています。でも、時と場合によってはチンケな「プライド」はすぐに捨てようと心がけています。「プライド」が高いように見える人ほど、逆に小さい人間に見えてしまうんです。「誇り」は「プライド」よりも一段高いもののように考えています。だから、自分に関わるものなどに「誇り」を持っています。

自分の仕事に「誇り」を持つ

自分の校舎に「誇り」を持つ

自分の生徒に「誇り」を持つ

身近なものとしては、これらのことが挙げられます。

日本人であることに「誇り」を持つ

男であることに「誇り」を持つ

大きなものとしては、これらです。

やっぱり、間違っているのかもしれませんが、「プライド」は人間的成長を妨げるもの、「誇り」は人間的成長を促すものだと思います。田村校の子どもたちには、「プライド」や「メンツ」にこだわる小さい人間にはなってほしくないです。また、学心塾から巣立ったことを「誇り」に思ってもらえるような塾にしたいと思っています。つまらない話をしてしまいましたが、厳しい大人の世界では「プライド」や「メンツ」は邪魔なもの以外の何物でもないことは確かです。ぜひ、大人の階段を上っている子どもたちには覚えていてほしいと思います。

以上、山ちゃんでした。

 

 

30年ぶりの日本一奪回へ!

こんにちは、山ちゃんです。

今日は、「こどもの日」ですね。「こどもの日」といえば「鯉のぼり」ですね。「鯉のぼり」といったら「カープ」ですよね。「ちょっと、そこのあなた、『カープって何?』って言いませんでした?」カープって、『広島東洋カープ』に決まってるじゃないですか!例年、鯉のぼりの季節を過ぎると失速していくカープです(最近は鯉のぼりの季節より前にシーズン終了を迎えていましたが…)が、今年は両リーグを通じて20勝一番乗りと好調です。今年こそは1984年以来の日本一!最低でも1991年以来のリーグ優勝を願っています!現在、日本一もリーグ優勝からも最も遠のいているのがカープなんです。平成に入ってから辛うじてリーグ優勝はしているものの、3度の「日本一」は全て昭和で達成されたもので、阪急ブレーブスを破って日本一になった当時、山ちゃんはまだ中学生でした。

なぜ、ここまで『カープ』に詳しいかと言いますと、単に山ちゃんが物知りだとか、野球通だからということではなくて、実は大の『カープファン』だからなんです。山ちゃんが子どもの頃は、今と違ってメジャーなスポーツと言えば野球しかありませんでした。野球と言えば、今も昔も「巨人」です(「阪神」や!という意見もあるでしょうが…。)が、山ちゃんが野球小僧だった頃は既に巨人のV9の時代は終わっていました。王選手の現役時代は知っていますが、長嶋選手は現役の姿も、今はなき後楽園球場での伝説の引退セレモニーも生で見たことはありませんでした。

山ちゃんが野球を始めたのは小学4年生の時でした。その年は日本中が「大ちゃんフィーバー」に沸きました。そう、早稲田実業の荒木大輔投手が甲子園デビューした年です。昭和55年の夏の甲子園は横浜高校(愛甲猛)vs早稲田実業(荒木大輔)の「甲子園新旧アイドル対決」でした。おっと、話が脇道にそれましたが、その年の秋に二年連続の日本一を達成したのが『カープ』でした。赤ヘル軍団と呼ばれ、赤い帽子と赤を基調としたユニフォームが格好良かったんです。当時の小学生男子はプロ野球の帽子を被って登校する子がたくさんいました。当然、一番多いのは「巨人」の帽子です。山ちゃんはと言えば、赤い帽子、もちろん『カープ』でした。(全校で一人だった気がします。)

なぜ、『カープ』を好きになったかといいますと、ユニフォームや帽子が格好良かっただけではなく、「広島野球」と言われる野球が格好良かったからなんです。「広島野球」=「機動力野球」といわれていました。機動力を交えて少ないチャンスをものにする試合巧者ぶり、「投手王国」と言われた投手陣と高い守備力が自慢のチームでした。マジで格好良かったんです!というわけで、今日は(いつものことですが…)、このブログをジャックして『カープ』について熱く語ろうと思います。

●V2(1979年~1980年)当時の山ちゃんが憧れた選手

山本浩二選手

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『ミスター赤ヘル』、本塁打王4回・打点王3回・首位打者1回の強打者であるだけでなく、走攻守三拍子揃ったスター選手でした。

衣笠祥雄選手

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2215試合連続出場を果たした「鉄人」、通算2543安打(歴代5位)、504本塁打(歴代7位)の強打者、王選手に次いで野球界二人目の国民栄誉賞を受賞しました。

高橋慶彦選手

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広島機動力野球の申し子、33試合連続安打の日本記録保持者。

 

●投手王国と呼ばれた当時の投手陣

北別府学投手

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精密機械のようなコントロールが武器で通算213勝。最多勝2回、最優秀防御率1回、沢村賞2回獲得。

大野豊投手

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軟式野球出身でテスト生あがりながら通算148勝138セーブを記録、最優秀防御率2回、沢村賞1回獲得。

津田恒美(恒実)投手

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「炎のストッパー」と呼ばれた剛速球投手。1991年に脳腫瘍のため引退、1993年32歳の若さで永眠。かつてのホームグラウンド広島市民球場には津田の功績をと人柄を讃え、「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」と浮き彫りにされた『津田プレート』が設置されていた。現在はMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島に移設されている。

 

●最後の優勝当時の選手

野村謙二郎選手

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広島東洋カープ現監督。通算2020安打、走攻守三拍子揃ったリードオフマン。

前田智徳選手

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怪我に苦しみながらも通算2119安打を記録。落合(現中日GM)やイチローが認める「天才バッター」。

 

●優勝を目指す現役選手

前田健太選手

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カープ投手陣の大黒柱。マエケン頼むぞ!今年『日本一』を置き土産に来年はメジャーに挑戦だ!

愛する『カープ』の30年ぶりの日本一を切に願っています!

以上、山ちゃんでした。

 

憲法記念日には憲法について考えましょう

こんばんは、山ちゃんです。

皆さん、今日は何の日か知ってますか?そう、「憲法記念日」です。1947年5月3日に日本国憲法が施行されて、今年で67年になりました。ところで、皆さんは日本国憲法を改正しようという動きに対してどう思いますか?

本来ならたとえ端くれであったにしても、教職者である以上、政治的な件に対して個人的見解を述べるのはいけないことです。ただ、主権者たる国民の一人として代表者たちだけに議論や決定を委ねているだけではいけないと思います。大日本帝国憲法が作成された時には、私擬憲法といわれる民間で作られた憲法の私案が60以上も存在したといいます。憲法が現在よりも身近であったことと、国民が憲法に高い関心を持っていた証だと思います。

断言しておきたいのは、山ちゃんは「改憲論者」ではありません。かといって、盲目的な「保守派」でもありません。憲法改正を「改悪」と決めつけていては、話が前には進みません。「改正」も視野に入れて徹底的に検証し、議論を尽くした上で我々国民の意思に基づいて決定してくれるのが最も良い方法なのではないかと思います。もっと国民一人一人が政治に関心を持たなければいけないと思います。

さて、日本国憲法の前文を紹介します。

〔全文〕

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の債務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

皆さんはどう感じましたか?「憲法第9条」や「集団的自衛権」の問題など考えてみてはどうですか?

以上、山ちゃんでした。

 

『独眼竜政宗』のスゝメ

こんにちは、山ちゃんです。

岡崎校教室長の武山先生がブログで『独眼竜政宗』のDVDを大人買いしたと言ってました。意外と言ったら怒られそうですが、理系の人ですから大河ドラマなんて無縁の人だと思ってました。お父さんが仙台出身の方だそうで、全国的にも人気がある伊達政宗ですが、郷土では英雄の中の英雄なんでしょうね。

さて、今日は大河フリークというよりもむしろ『独眼竜政宗フリーク』の山ちゃんが、このドラマについて語り尽くしたいと思います。以前、一緒に食事に行った際に、山ちゃんが『独眼竜政宗』について熱く語る姿に渋沢校の山本先生と旭校の海鋒先生が「ドン引き」してました。

伊達政宗公騎馬像

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●『独眼竜政宗』のここがスゴイ

①渡辺謙さんの演技力

今やハリウッドでの評価も高く、「世界のワタナベ」となった渡辺謙さんですが、当時はまだ全国区の俳優とは言えませんでした。「誰だこの俳優?」って思った人も多かったはずです。ところが、この俳優がスゴイのなんの。とにかく「目の力」がすごかった。渡辺さんが演じたのは、政宗が伊達家の家督を継ぐ18歳から69歳で没するまででした。若くして奥州の覇者となる頃の政宗を演じた時には、颯爽とした動きと野望に満ちたギラギラとした目つきがとても印象的でした。豊臣秀吉、徳川家康と渡り合いながら戦国の世を生き抜く頃には、「深慮遠謀の目」を身につけた大人の政宗を好演してました。渡辺さんは当時まだ28歳でした。「こんなにすごい俳優がいたのか。」というのが正直な印象でした。

②豪華キャスト

伊達輝宗(父):北大路欣也  お東の方(母):岩下志麻

片倉小十郎:西郷輝彦  喜多(守役):竹下景子

虎哉宗乙(師匠):大滝秀治  最上義光(伯父):原田芳雄

豊臣秀吉:勝新太郎  徳川家康:津川雅彦

五郎八姫(娘):沢口靖子 松平忠輝(娘婿):真田広之

この方たちの演技力といったら、今の俳優さんとは比べものになりませんよ。北大路さん、岩下さんの大物は言うまでもありませんが、山ちゃんが推したいのは西郷さん演じる片倉小十郎の忠臣ぶり、原田さん演じる最上義光の梟雄ぶり、真田さん演じる松平忠輝の血気盛んぶりです。また、梵天丸を演じた男の子の「冴えない」雰囲気(演技?)や、藤次郎を演じた少年の「背伸びをする」演技が抜群でした。さらに、今や俳優として押しも押されぬ地位を築いた人たちが、目立たない脇役を演じていました。堤真一さん、佐野史郎さん、高嶋政宏さん、渡部篤郎さんらが出演していました。高嶋さんはすぐにわかります。佐野さんもたぶんわかります。堤さんは注意してみないとわかりません。渡部さんは山ちゃんも発見できていません。ぜひ、探してみて下さい。

③原作・脚本のおもしろさ

このドラマが歴代最高の平均視聴率を誇る理由の一つに原作(山岡荘八)と脚本(ジェームス三木)の面白さにあったことは間違いないと思います。先に書いた通り、豪華キャストも一因だとは思います。ただ、最近の大河ドラマでも旬の俳優・女優や実力派が出演していながら視聴率が低迷しているのは、民放の安っぽいドラマと同様に俳優・女優で視聴率がとれるとNHKが勘違いしていることが原因に違いありません。原作・脚本が面白いドラマを視聴者は求めているんです。

『独眼竜政宗』は単なる伊達政宗の一代記ではありません。ドラマを一貫しているテーマは「家族愛」です。「父性愛」、「母性愛」や「子の親に対する愛情」などが至る所に描かれています。老若男女を問わず引きつける魅力はここに違いありません。幼少時に右目を失い、ひ弱ですらあった政宗は父親の大きな愛情で立派な伊達家の当主に成長します。敵に捕らわれた父を自らの命で敵ごと鉄砲で撃つシーンは名場面の一つです。そして、「父上のこのような無残な姿を母上にお見せできない。」という台詞には父母に対する深い愛情が表れていると思います。一方、一途で男勝りの母親の盲目的な愛情も印象深いものでした。次男を溺愛する母に疎まれていると感じた政宗は一生懸命に母の関心をひこうとします。政宗がひねくれなかったのは父や周囲の者たちの支えがあったからです。感情的で孟母である反面、愛情深い母親は、小田原参陣を控えた政宗の運命を悲観して毒を盛ります。苦しむわが子に対して涙を流しながら「慈悲じゃ」という母親。元服の祝いに母からもらった数珠を懐から取り出し、床にたたきつけながら「さらば」と返す政宗。その後、政宗は実の弟を自らの手で斬ります。ものすごい愛憎劇です。ところで、伊達政宗の肖像画は隻眼(片目)で描かれているものが少ないのは知ってますか?これは政宗が「親から産んでもらった身体に傷をつけたことは何よりの親不孝である。」といい、肖像は両目が開いた姿で描くようにと言い残したからだということです。こんなところにも政宗の父母に対する敬愛の情が表れていると思います。

そして、政宗の人生が「人の人生そのもの」であると感じる人も多かったのではないでしょうか。当時、高校生だった山ちゃんには若い頃の政宗が、この上なく格好良く思え、それこそ「かくありたい」と思ったことを覚えています。若い頃の政宗は自信と野望に満ちあふれていました。ただ、奥州という狭い世界の中でしか自分の器量をはかることができませんでした。俗に言う、「井の中の蛙」だったわけです。山ちゃんも「井の中の蛙」でした。でも、考えてみると「井の中の蛙」ぐらいでないと厳しい人生を勝ち抜くことは出来ません。要は「大海」を知ればいいわけです。政宗が秀吉と小田原で対面するのは24歳の時でした。若い人たちが世に出るのと、あまりかわらない年齢です。ここから政宗は生き抜くために己の知恵と才覚を駆使し、絶体絶命の危機や苦難を乗り越えていきます。若い年代の人たちは言うまでもなく、我々の年代にも学ぶところが非情に多いと思います。この歳になって改めて見返してみると、本当に深いドラマだと感心します。このドラマの魅力は語り尽くせません。『DVDの大人買い』をしなくても、再放送していますので、ぜひこのチャンスをお見逃しなく!

「山ちゃんも、かくありたい。」

以上、山ちゃんでした。

今日も『男』について語ります!

こんにちは、山ちゃんです。

いよいよ、GWに突入しましたね。ここ数年、GWにアメリカでボクシングのビッグマッチが開催されます。今年は、5月4日にフロイド・メイウェザーvsマルコス・マイダナのWBA・WBCウェルター級王座統一戦が開催されます。ボクシングマニアといえば、芸能界では香川照之さん学心塾では山ちゃんというぐらいのマニアぶりで、早く試合が観たくてウズウズしてます。ボクシングに興味がない人にはつまらない話かもしれませんが、ボクシングの話ができる相手はなかなかいないので、長々とつぶやきたいと思います。

さて、先日23日に日本でもダブル世界タイトルマッチが開催されました。その日、長谷川穂積選手がIBFのスーパーバンタム級タイトルマッチに挑戦者として挑みました。長谷川選手は2000年代にWBCバンタム級チャンピオンとして5年間に10度の防衛(具志堅用高選手の13度防衛に次ぐ記録!)に成功し、さらにフェザー級でも世界チャンピオンになり、2階級制覇も達成した日本ボクシング界屈指の名チャンピオンです。今回の試合は階級を1つ下げて、3階級制覇をかけていました。

結果は3度のダウンを奪われた末のTKO負けでした。1Rは全盛期を彷彿させる動きを見せてくれました。相手のチャンピオンは、バンタム級当時の長谷川選手なら間違いなく勝てるレベルの選手でしたが、2Rに打ち合いの中でダウンを奪われ、そのダメージを引きずったまま試合は進んでいきました。長谷川選手の試合をずっと観てきた山ちゃんは、KO決着にせよ判定勝負になろうと長谷川選手の勝ちはないと思いました。ダメージもあったのは確かですが、何よりもはっきりと衰えがわかってしまうような出来でした。勝負が決したラウンドに2度のダウンを喫するのですが、最後のダウンははっきりと心が折れたことが見て取れました。ボクシングというスポーツは残酷です。勝者と敗者のコントラストがここまではっきりと表れるスポーツは他にはないでしょう。かつて、無敵とも思えた長谷川選手が無残にも顔面を血まみれにし、リングに膝をつくシーンは言葉では表現できないものでした。そして、一つの時代の終わりを感じさせる象徴的なシーンでした。

想像ではありますが、長谷川選手は今回の試合で勝っても負けても引退をする覚悟だったのではないかと思います。いや、むしろ勝てると思っていなかったようにすら感じました。長谷川選手の戦いぶりや雰囲気には、死に場所を求めて討ち死に覚悟で戦う武士を感じさせるものがありました。

スポーツ選手なら誰でも引退をする日が来ます。そして、一流選手が引き際を自ら決めることを許されます。「余力を残して惜しまれながら引退を決意する」選手がいる一方、「無残と思えるほどにボロボロになって引退を決意する」選手もいます。長谷川選手は間違いなく後者を選んだのだと思います。今回は3年ぶりの世界タイトルマッチでした。本来ならば、3年前に引退をしていても不思議ではありませんでした。ただ、その時は本人も周囲もまだやれるという気持ちだったと思います。この3年間で衰えたことは自覚できなかったはずはありません。やはり、最後は燃え尽きて引退、そして後進に道を譲りたかったのではないでしょうか。

長谷川選手は、『男』だと思います。かっこいいです。

負けるとわかっていながらも力尽きるまで戦う

ボロボロの格好悪い姿を隠さない

そうです、『男の格好良さ』体面や外見なんかじゃないんです。花に例えれば『咲き方』と『散り方』にこそ『男の格好良さ』が表れるのです。

もっと言えば、日本人が桜の花が好きな理由はまさに『咲き方』と『散り方』が鮮やかだからです。山ちゃんも『男』に生まれたからには、『鮮やかに咲いて』、『鮮やかに散りたい』と考える、今日この頃です。

蛇足ですが、新聞等で長谷川選手の試合結果について、日本人として「二人目」の3階級制覇ならずなどと報じられていましたが、日本人で『真の3階級制覇』を達成した選手はいません。亀○選手が記録上達成したことになってはいますが、弱い相手ばかり選んで戦って達成した記録など何の価値もありません。ボクシングファンを馬鹿にしてるとすら思います。『真の3階級制覇』を達成してくれるのは、井岡一翔選手だと思います。彼は日本ボクシング史上屈指のセンスを持った選手です。興味があったら、5月7日に行われる、彼が『真の3階級制覇』に挑む試合を観て下さい。きっとボクシングの面白さがわかると思います。

以上、山ちゃんでした。

山ちゃんの心がけ

こんばんは、山ちゃんです。

実は最近、心がけるようにしていることがあります。それは、子どもたちにいろいろと厳しい要求をする以上、自分にもより厳しくするということです。具体的には、

「目標は高く置く、そして目標は簡単に諦めない。」

具体的には書けませんが、目標(夢)を追い続けています。目標や夢を追わなくなったら、『男』として終わりだと思ってますから。

「失敗を決して恐れない。」

失敗を恐れて何もしないというのは、『男』として最も恥ずべきことだと思います。目先の成功や勝利にこだわって、安全路線を歩むことだけはしたくないと思っています。

「人としてどうあるべきか常に考える。」

『人』としてよりも、『男』としてどうあるべきか考えてます。

不真面目そうな山ちゃんが、そんなこと考えているようには見えないでしょうが、実は人一倍『男らしさ』にこだわっています。いつからかは覚えていませんが、気がついた時には『男らしさ』を追い求めるようになっていました。

山ちゃんが考える「男の風上にも置けない奴」

①夢を見ない奴

②勝てる勝負しかしない奴

③かっこよく生きたいと思っていない奴

④自分に対する諫言を聞けない奴

⑤自分の非を認めない奴

⑥いざという時に体を張れない奴

 

世の男性諸君、草食系とか言われてんじゃないよ!これ以上『男らしさ』を風化させてはいかん!『漢(おとこ)』を絶滅危惧種にしてはいかん!

本気で長谷川塾(男塾)ができないかと考える、今日この頃です。

やる気に火をつけろ!

以上、山ちゃんでした。

 

1点の重みを知れ!

 こんばんは、山ちゃんです。

 新学期も強力な助っ人先生たちのおかげで順調にスタートしました。いよいよ明日(水曜日)は旭校のOz先生が登場します。乞うご期待!

 さて、中学生は3年生のみ2クラス編成でスタートしました。2年生の時から能力別にクラス分けをしてきましたが、今回は数名の生徒を上のクラスから下のクラスへ移しました。実力とこれまでのテストの結果から判断すれば下のクラスにいるような生徒ではありません。2年生であれば、今回のテストはたまたま出来なかっただけだろうから、やる気をなくさせないためにも上のクラスに残していたと思います。

 しかし、今年は受験生なんです。受験はプロ野球やJリーグ等のように、今日は負けたけど明日勝てばいいやってわけにはいきません。トーナメント戦と同じく、1回でも負けたらそれで終わりです。本当は力があるんだし、こんなところで負けるわけはないから敗者復活戦ということはありえないのです。受験は一発勝負の非情な世界だということを理解してほしいです。力はあったのに、一発勝負に負けて悔しい思いをした人は世の中にごまんといます。山ちゃんも、その一人です。だから、同じ思いを生徒たちにはさせたくありません。

 「1点ぐらいいいじゃん。」とか「あと1点、惜しくない?」とかいう人がいます。1点足りないだけでも不合格は不合格です。合格者の最低点と不合格者の最高点。その差はわずか1点や2点かもしれません。でも、その差は果てしなく大きい差です。

「1点を軽んじる人は1点に泣く」

 自分に厳しい人は、1点を取りこぼしたことを真剣に悔しがります。99点じゃダメなんです!反対に自分に甘い人は、あと1点だったことを「惜しい、惜しい」と声高に主張します。

1点の重みを知る人と知らない人、1点にこだわる人とこだわらない人。その差は、今は確かに1点かもしれません。でも、気づいた時には途方もない差になっていることでしょう。

 3年生には、一日も早く受験生としての自覚と厳しさを身につけてもらいたいです。何度も言っていることですが、

「意識が変わらなければ、行動も変わらない。したがって、結果も変わるはずがない。」

そして、

「自分に甘い人は、相手に勝つことなどできるはずがない。」

しっかり胸に焼き付けて、厳しい受験を勝ち抜いてほしいです。

以上、山ちゃんでした。

 

2期生のみんな、ありがとう!

 またまた、山ちゃんです。

先ほど書いた通り、今日は卒業イベントに行ってきました。この春、卒業していった26人の生徒は、山ちゃんが教室長として送り出す2回目の卒業生です。ですから、今後は2期生と呼ぶことにします。

2期生のみんなから、寄せ書きをもらいました。

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みんなの気持ちがとても嬉しいので、原文のまま紹介させてもらいます。

お世話になりました。今まで通り、自分の意志をつらぬいてください。Thank you.[晧平]

今までありがとうございます。こんなオレを支えてくれて感謝しています。今度はバカじゃないオレに変わっときますからね![涼平]

1年半ありがとうございました!!高校でついていけるようがんばりマス! [冴恵]

1年半ありがとうございました。人をからかうのもほどほどに…[大輝]

少しの間でしたが本当にお世話になりました。山口先生のおかげで社会がもっと好きになりました。自分は大磯でトップを目指すので、山口先生は学心塾の先生でトップになってください。[蒼太]

今までありがとうございました。苦手な教科である英語も先生のおかげで楽しく受けることができました。ありがとうございました。[陸]

3年間ありがとうございました。先生のおかげで高校に合格することができました。高校に入っても先生に教えてもらったことを忘れずにがんばります。 [寛太]

短い期間でしたが、長い時間お世話になったと思います。山口先生の授業は分かりやすくて、関係ないことまで教えてくれるので楽しかったです。高校では、部活がんばります。[良介]

3年間ありがとうございました。公立はダメでしたが、私立で特待をとることができ感謝しています。本当にありがとうございました。[航生]

今までありがとうございました。塾に入って本当によかったと思いました。厚木のトップを目指してがんばります。[崇平]

ありがとう!![修一]

ありがとうございました。[蒼馬]

短い間でしたがありがとうございました。先生のおかげで自分に自信を持つことができました。高校でも頑張ります。[僚太]

先生と、みんなと共に闘ったあの日々は一生忘れません。3年間本当にありがとうございました。[広夢]

短い間でしたがありがとうございました。高校でもなんとかやっていきます。山口先生はある意味ネガティブホロウが効かなそうです。(はね返しそう…)笑 私はウソップ同様です。[聡美]

3年間ありがとうございました。先生の授業たのしかったです!!日本語ぜんぜんわからないけどなんとかがんばります。これからも、元気でがんばって!![名津美]

長い間ありがとうございました!いつもおもしろい話をしてくれて楽しかったです。これからも元気でがんばってください。(笑)私も高校生活がんばります!でゎ…[加奈]

今までありがとうございました。大変な時もあったけど楽しかったです。高校に行ったらちゃんと勉強を復習してやりながら自分が困らないようにやっていきます。[寛人]

約1年間という短い間だったけどありがとうございました!!進路のことでたくさん迷惑かけてすみません。先生の夢がある話とか本当に楽しかったです。これからもパワフルで頑張って下さい。りおも高校で頑張ります!!![里織]

3年間お世話になりました。今思えば、塾に入っていてよかったと思います。自分で店を開いたら招待しますので元気でいてください。ありがとうございました。[雄大]

1年間ありがとうございました。進路の時、相談にのってもらったおかげでうかることもできました。そして先生の授業はとてもたのしかったです。[鮎美]

2年間ありがとぉございました。塾に入れて本当によかった!ありがとぉ☆ [亜弓]

3年間ありがとうございました。自分は受験当日まで厚木高校に合格できるか不安で、何度も諦めそうになりましたが、先生が勇気づけてくれたおかげで無事合格することができました。本当にありがとうございました。[恭平]

3年間お世話になりました。私立にかようことになりましたが、がんばってついていきます。[はるか]

1年間ありがとうございました。先生のおかげで無事高校に行くことができました。これからもがんばります。[啓太]

山口先生のおかげで高校に行くことができました。本当に感謝しています。短い間でしたが本当にお世話になりました。[航輝]

お前らなぁ、これは反則だぞ。塾で渡されていたら、その場で読んで号泣しちゃったかもしれない。みんな感謝の言葉を書いてくれてるけど、感謝しているのは俺の方だよ。振り返ってみると、よくぞこのむちゃくちゃな俺に黙ってついてきてくれたな。たくさんの人が授業が楽しかった、おもしろかったと書いてくれてるけど、はっきり言って放送禁止(外部の人には見せられない)の授業ばっかりだったな。俺もお前らの授業はいつも楽しみにしてた。それから、俺のおかげだとか、お世話になったとか書いてくれてるけど、俺は世話したつもりもないし、俺の力だとか全く思ってない。俺はただ、きっかけを与えたことと進むべき道を示しただけだよ。全てはお前らの頑張った結果だから、もっと胸を張れ!もっと自信を持て!これから先、どんな困難が待ち受けていても、乗り越え方はわかったはず。

たとえ苦しくても絶対に逃げるな!

たとえ自信がなくても、失敗を恐れるな!

たとえ跳ね返されても、何度でも立ち向かえ!

たとえ負けが見えていても、最後まで諦めるな!

もし、闘い疲れたら、いつでも俺のところに帰ってこい!

正直に言って、塾の先生をやっててよかったと思ったのは初めてだった。お前たちはみんな、一生俺のかわいい教え子だ。だから、たまには塾に顔を見せにきてな。最後に、みんな本当にありがとう!

以上、山ちゃんでした。

 

私たちが学ばなければならないこと

 こんばんは、山ちゃんです。

突然ですが、皆さん冠位十二階はご存じですか?聖徳太子が家柄にとらわれず、能力に応じて人材を登用した制度でしたね。冠位は大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智の十二階です。さて、「徳」以下の「仁・礼・信・義・智」という序列は、隋の歴史書である「隋書倭国伝」では「仁・義・礼・智・信」と書かれているそうです。これは儒教で説く五つの徳目(五常または五徳)の序列に基づくそうです。いずれにしても「徳」が最上位であるのは変わりません。では、「徳・仁・礼・信・義・智」とは、それぞれ何を表すのでしょうか。

「徳」

人間にとって徳とは均整のとれた精神の在り方を指すものであり、天分、社会的経験や道徳的訓練によって獲得し、善き人間の特性となる。徳を備えた人間は他の人間からの信頼や尊敬を獲得しながら、人間関係の構築や組織の運営を進めることができる。気品・意志・温情・理性・忠誠・勇気・名誉・誠実・自信・謙虚・健康・楽天主義などが個々の徳目と位置づけることができる。[Wikipediaより]

「仁」

思いやりの心で万人を愛し、利己的な欲望を抑えて礼儀をとりおこなうこと。孔子は「仁」を最高の道徳としている。[Wikipediaより]

「礼」

もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していたが、のちに人間社会の上下関係で守るべきことを意味するようになった。[Wikipediaより]

「信」

友情に厚く、言明を違えないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。[Wikipediaより]

「義」

利欲にとらわれず、なすべきことをすること。正義。[Wikipediaより]

「智」

学問に励むこと、知識を重んじること。[Wikipediaより]

 私たちは人として、これら五つの徳目を獲得するように努力しなければなりません。なぜなら、先に書いた通り、これらは社会的経験や道徳的訓練によって獲得できるものだからです。つまり、学ぶことで身につけることができるということです。

 さらに、注目したいのは徳目の順番です。「智」は冠位十二階では五番目、五常でも四番目です。個人的見解ですが、これは人にとって必要な順番のように感じます。いくら学識を備えていても、その他の徳目が欠けていてはいけないということではないでしょうか。

 ですから、私たち学心塾は単に学力を伸ばすだけでは「真の教育」とは考えておりません。「智」も徳目の一つで、なくてはならないものなのは確かです。しかし、「仁・礼・信・義・智」を全て備えてこそ、各々の徳目がさらに大きなものになるのではないでしょうか。

私たちはこれからも、子どもたちの学力とともに人間力も育んでいきたいと思っております。

 

以上、山ちゃんでした。

 

勝者と敗者

 こんばんは、山ちゃんです。

公立高校の合格発表から一日が過ぎた。学心塾の塾生は全員が志望校の合格を勝ち取るために、日々努力を積み重ねてきた。望む結果が得られた人もいれば、得られなかった人もいる。残酷だが、これが現実。あるボクシング漫画でこういう言葉がある。

「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力をしておる!」

そして、受験の結果が全てではない。なぜなら、昨日の合格・不合格はすでに過去のことだから。確かに昨日の結果だけで勝敗が決まるなら、「合格=勝利」、「不合格=敗北」かもしれない。しかし、高校受験という人生の第1ステージが終わると同時に第2ステージが始まっている。

過去の成功にいつまでも酔いしれていてはいけない。昨日の勝利が明日の敗北につながっては、勝利した意味がない。

 

過去の失敗にいつまでも打ちひしがれていてはいけない。昨日の敗北を明日の勝利につなげなければ、敗北した意味がない。

 

勝者が勝者であり続けるために、また敗者が勝者になるために、この言葉を噛みしめてほしい。

敗者は負けた時に勝負から離脱しようとし、勝者は仮に1000回負けても、勝つまで続ける。

敗者は恐れから逃げる。勝者は恐れと向き合う。

敗者は過去に生き、勝者は過去から学んだ人生に生きる。

敗者は勝者を運が良かったと思うが、勝者は自らが一生懸命働くことで幸運になると理解している。

 

まだまだ勝負はこれから。学心塾の生徒全てが勝者になれるように、一つの勝ち負けにとらわれることなく闘い続けてほしいと願っている。

以上、山ちゃんでした。

バカ息子、バカ娘へ

 こんばんは、山ちゃんです。

時刻は午前0時を回りました。いよいよ数時間後に迫った決戦の時。今頃、合格する夢でも見ているかなぁ。13日は公立受検を控えた22人の挑戦者達と共に決起集会を行いました。まずは、一人一人に胸に秘めた決意を書いてもらいました。

2014-02-13 18.28.05

その後、別室で一人一人の決意を確認しながら、お守りとして合格(五角)鉛筆を渡し、激励の言葉とともに固い握手を交わしました。一瞬、涙がこみ上げてきました。そして教室に戻り、気合いを入れるために話をしましたが、何を話したかあまり覚えていません。きっと支離滅裂なことを言っていたと思います。

 だから、上手く伝えられなかった俺からのメッセージを書く。

あっという間にその日が来てしまった。

俺はお前達と一緒にもっと勉強していたかった。

ずいぶんひどい事も言ったし、理不尽な事も言ってきた。

でも、お前達はこんな俺についてきてくれた。

お前達は今のガキ共には珍しく、素直で優しい奴ばかりだ。

俺はいつも、「お前らバカだなぁ。」って言ってたけど、

俺はそんなお前らが大好きだ。

受験が終われば、お前達はこの塾を卒業していく。

喜ばしいことだが、寂しさも感じる。

できることなら、全員笑顔で卒業していってほしい。

だから、悔いの残らないよう、全力で闘ってこい。

そして、胸を張って帰って来い。

行って来い、俺のバカ息子、バカ娘…。

以上、山ちゃんでした。

受験生のために語ります

 こんばんは、山ちゃんです。

いよいよ決戦の日が近づいてきて、受験生のみんなと同じく緊張というか気持ちが昂ぶってきました。そんな山ちゃんが最近ハマっているのがMr.Childrenの『終わりなき旅』という歌です。車の中でリピートしまくってます。本来なら歌詞を全て紹介したいところですが、著作権の問題もありますので、お奨めのフレーズだけ紹介します。

 

閉ざされた ドアの向こうに 新しい何かが待っていて

きっときっとって 僕を動かしてる

いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい

もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

 

難しく考え出すと 結局全てが嫌になって

そっとそっと 逃げ出したくなるけど

高ければ高い壁の方が 登った時 気持ちいいもんな

まだ限界だなんて認めちゃいないさ

 

閉ざされた ドアの向こうに 新しい何かが待っていて

きっときっとって 君を動かしてる

いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい

もっと素晴らしいはずの自分を探して

 

胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように

いつも今日だって僕らは動いてる

嫌なことばかりでは無いさ さあ次の扉をノックしよう

もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

「閉ざされた扉(=受験)」の向こうには、もっと大きくて素晴らしいはずの自分がいる。その通りだと思う。受験は君たちの旅の終着点ではない。これからも歩き続ける「終わりなき旅」の分岐点にすぎない。だから、そんなに難しく考えることはない。高ければ高い壁の方が登った時、気持ちいいに決まってる。その高さに圧倒されそうなら、二、三歩下がって見てごらん。君たちが思っているほど高い壁ではない。君たちならきっと登れる壁だ。ここまで頑張ってきたじゃないか。胸に抱え込んだ迷いが、プラスの力に変わるように自分を信じること。きっとできる。いや、できないはずはない。

さあ、自信を持って次の扉をノックしよう…。

以上、山ちゃんでした。

 

 

 

学心塾全ての受験生へ

 こんばんは、山ちゃんです。

今日は不安と緊張に押しつぶされそうな全学心塾生のために、稚拙な文章力を駆使して作った応援メッセージをお届けしたいと思います。

 

長く苦しかった受験勉強ができるのは、泣いても笑ってもあと二日。君たちはよくここまで『練磨』を続けてきたと思う。わかっているとは思うが、君たちが頑張ってこれたのは、君たちが『躍進』する姿を温かく見守り、支え続けてくれた家族のおかげに他ならない。家族への『感謝』の気持ちを胸に、あとは『挑戦』あるのみ。

そして、最後に君たちの前に立ちはだかるのは自分の弱い心。他人に勝ちたければ、自分に負けるな!己の弱い心に打ち克て!『克己』こそが勝利へのパスポート。君たちならできる。我々は君たちを『信頼』している。なぜなら、君たちの目は負ける奴の目じゃない。そんな君たちにきっと運も味方するに違いない。『奇跡』は最後まで目標に『邁進』し続けた者にしか起こらない。

迷うな!立ち止まるな!君たちの輝ける『未来』はすぐそこに…。

以上、山ちゃんでした。

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