学心塾 田村校

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住所
神奈川県平塚市田村5-6-6
電話
0463-54-1605

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 神田小・相模小・横内小・神田中・横内中の生徒が通ってきております。
 当教室は開校以来40年間、毎年、平塚江南高校をはじめ、数々の高校へと進学している伝統ある教室です。“楽しく・厳しく”をモットーに講師一同、一生懸命教えておりますので、皆様もぜひ一度、教室をのぞきに来てみて下さい。

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神田中お土産事件

こんばんは、山ちゃんです。

報告が遅くなってしまいましたが、神田中の3年生から修学旅行のお土産を頂きました。

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どれも美味しかったです。中でもわらび餅仕立てのおたべは最高でしたよ。プルプルした食感がとても良かったです。ということで、来年からは「わらび餅仕立て」でお願いします。

さて、このお土産にはある事件があったらしいのですが、それも良い思い出の一つになるのではないでしょうか。

さぁ、これで全ての中学校の修学旅行が終了しました。気持ちを切り替えて、全力で中間テストに挑みましょう!

以上、山ちゃんでした。

悔しかったら、俺を見返してみろ

 こんにちは、山ちゃんです。

昨日、あることに対して本気で怒りました。正確に言うと、本気で他人を叱りました。以前から厳しく叱らなければならないと思ってはいたのですが、周囲の仲間たちと相談していると、こんなことを言われました。

厳しくし過ぎると今の子ども(若い人)はダメ

傷ついたり、やる気を損ねないように気を遣ってやらなければならない

叱るよりも褒める方がいい

考え抜いて出した結論が

「中途半端に気を遣ったりせず、完膚なきまでに叩き潰す」

ぐらいの本気で叱るということでした。今まで中途半端に気を遣いながら叱っていたので、言葉にも態度にも迫力がなく、人の心を動かすほどのものではなかったと反省をしました。やはり、人の心を動かすにはそれ相当の気持ちを込めなければと思いました。

さらに、子ども(若い人)たちに、周りの人たちや社会が自分に合わせてくれることや自分を受け入れてくれることを期待してばかりではいけないということを伝えたいとも思いました。我慢を強いられることもなく、自由を歪んだ形で解釈してきた子ども(若い人)たちは社会性・協調性に欠けていることが多く見られます。

自分が周り(社会)に合わせる。自分が周り(社会)とうまくいかないのは、自分の方にも原因があるということを理解しなければなりません。自由と自分勝手、自分本位は全く違います。ベースには常識や社会的ルールがあって、その範囲内で自由というものが存在するのです。自己流というのも同じで、基本がしっかりできていない人の自己流は単なる独善・独りよがりなのです。

自己主張についても同じ事が言えると思います。自己主張や自己顕示欲が強い人は、概して他人の話を聞かない人や客観的に自分を見ることができない人が多いと思います。自己主張や自己顕示欲を否定しているのではありません。これらが全くない人も、それはそれで問題だと思います。まずは、他人の話(主張)を聞いて、一度それを受け入れた上で自己主張をすることが大事です。自分を客観的に見て、他人の目にはどう映るのかを考えた上で自己顕示をするのです。他者の考えや視点が、先ほど書いた「ベース」や「基本」と同じく、土台となるものなのです。

さぁ、これからが本当の勝負です。自分の殻を打ち破れないまま、器の小さい人間に成り下がるのか。それとも、叩き潰された今までの自分を捨てて、器の大きい人間になるべく謙虚にゼロから再スタートを切るのか。

褒められたければ、褒められる人間になってみろ

認められたければ、認められる人間になってみろ

自信がないなら、自信がつくまで努力してみろ

今後を見守りたいと思います。

以上、山ちゃんでした。

 

 

困った人たち

こんばんは、山ちゃんです。

今、とても困っています。何に困っているかといいますと、山ちゃんが長谷川先生に噛みつくことを期待している(というよりも、煽っている)人たちがいることです。誰のことかって?本人たちはわかっているはずですが…。一人は「ベトナムの番人」O澤先生、もう一人は「悪の演出家」岡崎校のT山先生のことです。

まさにこんな状況です

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これは日露戦争前の国際情勢を表した有名な風刺画です。

露=長谷川先生

日=山ちゃん

英=O澤先生

米=T山先生

に例えるとピッタリはまります。

去年はこんな感じでした

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これも有名な風刺画です。

余裕をかましているロシア人=長谷川先生

無謀にも気合いで斬りつけている日本人=山ちゃん

背中をおしてけしかけているイギリス人=O澤先生

笑いながら様子を見ているアメリカ人=T山先生

という図式でした。

今年は長谷川先生に刃向かうのはやめて従順な子分になっているのに、この二人は面白半分に山ちゃんをけしかけるんです。せっかく長谷川先生の機嫌を損ねないように尻尾を振っているのに噛みつかせようとするんです。また長谷川先生が口をきいてくれなくなるんだろうなぁ…。はっきり言って、いじめですね。

以上、山ちゃんでした。

 

お土産をいただきました!

 こんばんは、山ちゃんです。

今日、横内中の3年生から修学旅行のお土産を頂きました。保護者の方々にもお礼を申し上げたいと思います。

ジャーン!

お土産
山ちゃんの大好物の生八つ橋です!三食の代わりにしてもいいぐらい好きです!本当にどうもありがとう。さぁ、横内中のみんなは中間テストに向けて気合いを入れ直すぞ。

神田中のみんなは今週末から修学旅行ですね。3日間は勉強のことは忘れて心底楽しんで来て下さい。まだまだ、八つ橋は大歓迎ですからね!

以上、山ちゃんでした。

久々に名言です

こんばんは、山ちゃんです。

いよいよ中間テストまで一か月をきりました。子どもたちは当然のこと、山ちゃんも気合と集中力をupしていかなければならない時期になりました。そこで、今日は名言好きの山ちゃんがやる気の出る名言をいくつか紹介したいと思います。

①進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。[福沢諭吉]

立ち止まることは後退ということなんです。

 

②何かに挑戦したら必ず報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非情に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。[羽生善治]

時には負けるとわかっている勝負をしなければいけない時もあります。

 

③努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。[王貞治]

自分に厳しい言葉ですね。さすが、「世界の王」です。

 

④あきらめないことだ。一度あきらめると習慣になる。[斎藤茂太]

習慣や癖はなかなか改めることはできません。

 

⑤学べば学ぶほど、何も知らないということが分かるようになる。何も知らないということが分かるようになるほど、もっと学びたくなる。                                [アインシュタイン]

知らないことが恥ではなく、学ばないことが恥であるということですね。

 

すぐにあきらめてしまったり、努力を惜しんだりしていませんか?山ちゃんも基本的には「弱い人間」です。だから、時々こうやって「勇気の出る言葉」や「前向きになれる言葉」で自分の弱い心に打ち克っているんです。そして、なぜ山ちゃんが名言が好きかというと、これらの名言は様々な世界で成功を収めた人たちの言葉だからです。しかも、単なる理想や理論、理屈を言っているのではなく、実際の経験や体験に基づく言葉に違いないからです。

君たちに常々言っている、「大人の話は単なる脅しではなく経験に基づく話だから、しっかり大人の言うことをききなさい。」とはこういうことなんです。賢い人間、成功を収める人間になりたければ、他人の話をしっかりと聞ける人間になりましょう。それこそが、はじめの一歩なんです。

以上、山ちゃんでした。

 

 

後輩が背中を見ているんだぞ!

こんばんは、山ちゃんです。

昨日(14日)のことですが、中2の生徒たちにライデイン(カミナリ)を落としました。なぜかといいますと、宿題をやっていない生徒が多かった(しかも、宿題のプリントすら持っていないという体たらく)からです。2年生に進級して以降、何度も「今年は成績を取りに行かなければならない。」、「まずは意識から変えていかなければならない。」と言ってきたにも関わらずです。

だから、昨日はお説教の趣旨を変えてみました。

①定期テストの点数を上げることは誰にでも簡単にできることではないが、態度や姿勢を改めることは心がけ一つで誰にでもできることだ。

②宿題や提出物は「約束」の一種であるから、「約束」を守らないことは人としてあるまじき行為だ。

③後輩が自分の背中を見ていることをもっと意識しろ。

生徒たちは真剣な眼差しで聞いてくれていました。これがきっかけで少しでも意識が変わってくれればと思います。全員の意識が変わるまで、何度でも言い続けるつもりです。また、いずれの話も生徒に向かって話していながら、同時に自分に対する戒めの言葉でもあります。特に後輩が自分の背中を見ているということは絶対に忘れてはならないことだと思います。自分の場合、生徒たちは言うまでもなく、共に闘っている仲間たちからも見られているという意識を持たないといけないと思っています。

小手先や口先では他人の「心」を動かすこと、つまり感動を与えることなど不可能なんです。

口ではなく、背中で語れるようにならなければならない。

他人の「心」を動かすのもまた、「心」である。

最近、自分に言い聞かせている言葉です。

かなり臭かったですね。

以上、山ちゃんでした。

 

「プライド」と「誇り」

こんばんは、山ちゃんです。

突然ですが、「プライド」「誇り」って同じものでしょうか?最近、こういったことをよく考えてしまいます。確かに「プライド」を日本語に訳すと「誇り」ですし、その逆もまたしかりです。反論もあるでしょうし、間違っているのかもしれませんが、個人的には若干違うものと感じます。では、どう違うのかといいますと、使い方やイメージに違いがあるように感じます。

①あの人はプライドが高い人だ。

②あの人は誇り高い人だ。

なんとなく①はイメージがよくないように感じませんか?

③わかってはいるが、プライドが邪魔をする。

③は明らかに悪いイメージですよね。

ですから山ちゃんがそれぞれの言葉に持つイメージはこんな感じです。

「プライド」…自尊心や小さなこだわり、つまらない意地

「誇り」…その人の心の拠り所、その人を支えるもの、大切にしているもの

何が言いたいかといいますと、今の中高生をはじめ若い人は高い「プライド」は持っているが、「誇り」は持っていないと感じるということです。偏見かもしれませんが、「プライド」が邪魔をして人間的な成長ができない人が多いようにも感じます。かく言う山ちゃんもかなり「プライド」は高いと自負しています。でも、時と場合によってはチンケな「プライド」はすぐに捨てようと心がけています。「プライド」が高いように見える人ほど、逆に小さい人間に見えてしまうんです。「誇り」は「プライド」よりも一段高いもののように考えています。だから、自分に関わるものなどに「誇り」を持っています。

自分の仕事に「誇り」を持つ

自分の校舎に「誇り」を持つ

自分の生徒に「誇り」を持つ

身近なものとしては、これらのことが挙げられます。

日本人であることに「誇り」を持つ

男であることに「誇り」を持つ

大きなものとしては、これらです。

やっぱり、間違っているのかもしれませんが、「プライド」は人間的成長を妨げるもの、「誇り」は人間的成長を促すものだと思います。田村校の子どもたちには、「プライド」や「メンツ」にこだわる小さい人間にはなってほしくないです。また、学心塾から巣立ったことを「誇り」に思ってもらえるような塾にしたいと思っています。つまらない話をしてしまいましたが、厳しい大人の世界では「プライド」や「メンツ」は邪魔なもの以外の何物でもないことは確かです。ぜひ、大人の階段を上っている子どもたちには覚えていてほしいと思います。

以上、山ちゃんでした。

 

 

30年ぶりの日本一奪回へ!

こんにちは、山ちゃんです。

今日は、「こどもの日」ですね。「こどもの日」といえば「鯉のぼり」ですね。「鯉のぼり」といったら「カープ」ですよね。「ちょっと、そこのあなた、『カープって何?』って言いませんでした?」カープって、『広島東洋カープ』に決まってるじゃないですか!例年、鯉のぼりの季節を過ぎると失速していくカープです(最近は鯉のぼりの季節より前にシーズン終了を迎えていましたが…)が、今年は両リーグを通じて20勝一番乗りと好調です。今年こそは1984年以来の日本一!最低でも1991年以来のリーグ優勝を願っています!現在、日本一もリーグ優勝からも最も遠のいているのがカープなんです。平成に入ってから辛うじてリーグ優勝はしているものの、3度の「日本一」は全て昭和で達成されたもので、阪急ブレーブスを破って日本一になった当時、山ちゃんはまだ中学生でした。

なぜ、ここまで『カープ』に詳しいかと言いますと、単に山ちゃんが物知りだとか、野球通だからということではなくて、実は大の『カープファン』だからなんです。山ちゃんが子どもの頃は、今と違ってメジャーなスポーツと言えば野球しかありませんでした。野球と言えば、今も昔も「巨人」です(「阪神」や!という意見もあるでしょうが…。)が、山ちゃんが野球小僧だった頃は既に巨人のV9の時代は終わっていました。王選手の現役時代は知っていますが、長嶋選手は現役の姿も、今はなき後楽園球場での伝説の引退セレモニーも生で見たことはありませんでした。

山ちゃんが野球を始めたのは小学4年生の時でした。その年は日本中が「大ちゃんフィーバー」に沸きました。そう、早稲田実業の荒木大輔投手が甲子園デビューした年です。昭和55年の夏の甲子園は横浜高校(愛甲猛)vs早稲田実業(荒木大輔)の「甲子園新旧アイドル対決」でした。おっと、話が脇道にそれましたが、その年の秋に二年連続の日本一を達成したのが『カープ』でした。赤ヘル軍団と呼ばれ、赤い帽子と赤を基調としたユニフォームが格好良かったんです。当時の小学生男子はプロ野球の帽子を被って登校する子がたくさんいました。当然、一番多いのは「巨人」の帽子です。山ちゃんはと言えば、赤い帽子、もちろん『カープ』でした。(全校で一人だった気がします。)

なぜ、『カープ』を好きになったかといいますと、ユニフォームや帽子が格好良かっただけではなく、「広島野球」と言われる野球が格好良かったからなんです。「広島野球」=「機動力野球」といわれていました。機動力を交えて少ないチャンスをものにする試合巧者ぶり、「投手王国」と言われた投手陣と高い守備力が自慢のチームでした。マジで格好良かったんです!というわけで、今日は(いつものことですが…)、このブログをジャックして『カープ』について熱く語ろうと思います。

●V2(1979年~1980年)当時の山ちゃんが憧れた選手

山本浩二選手

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『ミスター赤ヘル』、本塁打王4回・打点王3回・首位打者1回の強打者であるだけでなく、走攻守三拍子揃ったスター選手でした。

衣笠祥雄選手

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2215試合連続出場を果たした「鉄人」、通算2543安打(歴代5位)、504本塁打(歴代7位)の強打者、王選手に次いで野球界二人目の国民栄誉賞を受賞しました。

高橋慶彦選手

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広島機動力野球の申し子、33試合連続安打の日本記録保持者。

 

●投手王国と呼ばれた当時の投手陣

北別府学投手

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精密機械のようなコントロールが武器で通算213勝。最多勝2回、最優秀防御率1回、沢村賞2回獲得。

大野豊投手

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軟式野球出身でテスト生あがりながら通算148勝138セーブを記録、最優秀防御率2回、沢村賞1回獲得。

津田恒美(恒実)投手

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「炎のストッパー」と呼ばれた剛速球投手。1991年に脳腫瘍のため引退、1993年32歳の若さで永眠。かつてのホームグラウンド広島市民球場には津田の功績をと人柄を讃え、「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」と浮き彫りにされた『津田プレート』が設置されていた。現在はMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島に移設されている。

 

●最後の優勝当時の選手

野村謙二郎選手

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広島東洋カープ現監督。通算2020安打、走攻守三拍子揃ったリードオフマン。

前田智徳選手

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怪我に苦しみながらも通算2119安打を記録。落合(現中日GM)やイチローが認める「天才バッター」。

 

●優勝を目指す現役選手

前田健太選手

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カープ投手陣の大黒柱。マエケン頼むぞ!今年『日本一』を置き土産に来年はメジャーに挑戦だ!

愛する『カープ』の30年ぶりの日本一を切に願っています!

以上、山ちゃんでした。

 

憲法記念日には憲法について考えましょう

こんばんは、山ちゃんです。

皆さん、今日は何の日か知ってますか?そう、「憲法記念日」です。1947年5月3日に日本国憲法が施行されて、今年で67年になりました。ところで、皆さんは日本国憲法を改正しようという動きに対してどう思いますか?

本来ならたとえ端くれであったにしても、教職者である以上、政治的な件に対して個人的見解を述べるのはいけないことです。ただ、主権者たる国民の一人として代表者たちだけに議論や決定を委ねているだけではいけないと思います。大日本帝国憲法が作成された時には、私擬憲法といわれる民間で作られた憲法の私案が60以上も存在したといいます。憲法が現在よりも身近であったことと、国民が憲法に高い関心を持っていた証だと思います。

断言しておきたいのは、山ちゃんは「改憲論者」ではありません。かといって、盲目的な「保守派」でもありません。憲法改正を「改悪」と決めつけていては、話が前には進みません。「改正」も視野に入れて徹底的に検証し、議論を尽くした上で我々国民の意思に基づいて決定してくれるのが最も良い方法なのではないかと思います。もっと国民一人一人が政治に関心を持たなければいけないと思います。

さて、日本国憲法の前文を紹介します。

〔全文〕

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の債務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

皆さんはどう感じましたか?「憲法第9条」や「集団的自衛権」の問題など考えてみてはどうですか?

以上、山ちゃんでした。

 

『独眼竜政宗』のスゝメ

こんにちは、山ちゃんです。

岡崎校教室長の武山先生がブログで『独眼竜政宗』のDVDを大人買いしたと言ってました。意外と言ったら怒られそうですが、理系の人ですから大河ドラマなんて無縁の人だと思ってました。お父さんが仙台出身の方だそうで、全国的にも人気がある伊達政宗ですが、郷土では英雄の中の英雄なんでしょうね。

さて、今日は大河フリークというよりもむしろ『独眼竜政宗フリーク』の山ちゃんが、このドラマについて語り尽くしたいと思います。以前、一緒に食事に行った際に、山ちゃんが『独眼竜政宗』について熱く語る姿に渋沢校の山本先生と旭校の海鋒先生が「ドン引き」してました。

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●『独眼竜政宗』のここがスゴイ

①渡辺謙さんの演技力

今やハリウッドでの評価も高く、「世界のワタナベ」となった渡辺謙さんですが、当時はまだ全国区の俳優とは言えませんでした。「誰だこの俳優?」って思った人も多かったはずです。ところが、この俳優がスゴイのなんの。とにかく「目の力」がすごかった。渡辺さんが演じたのは、政宗が伊達家の家督を継ぐ18歳から69歳で没するまででした。若くして奥州の覇者となる頃の政宗を演じた時には、颯爽とした動きと野望に満ちたギラギラとした目つきがとても印象的でした。豊臣秀吉、徳川家康と渡り合いながら戦国の世を生き抜く頃には、「深慮遠謀の目」を身につけた大人の政宗を好演してました。渡辺さんは当時まだ28歳でした。「こんなにすごい俳優がいたのか。」というのが正直な印象でした。

②豪華キャスト

伊達輝宗(父):北大路欣也  お東の方(母):岩下志麻

片倉小十郎:西郷輝彦  喜多(守役):竹下景子

虎哉宗乙(師匠):大滝秀治  最上義光(伯父):原田芳雄

豊臣秀吉:勝新太郎  徳川家康:津川雅彦

五郎八姫(娘):沢口靖子 松平忠輝(娘婿):真田広之

この方たちの演技力といったら、今の俳優さんとは比べものになりませんよ。北大路さん、岩下さんの大物は言うまでもありませんが、山ちゃんが推したいのは西郷さん演じる片倉小十郎の忠臣ぶり、原田さん演じる最上義光の梟雄ぶり、真田さん演じる松平忠輝の血気盛んぶりです。また、梵天丸を演じた男の子の「冴えない」雰囲気(演技?)や、藤次郎を演じた少年の「背伸びをする」演技が抜群でした。さらに、今や俳優として押しも押されぬ地位を築いた人たちが、目立たない脇役を演じていました。堤真一さん、佐野史郎さん、高嶋政宏さん、渡部篤郎さんらが出演していました。高嶋さんはすぐにわかります。佐野さんもたぶんわかります。堤さんは注意してみないとわかりません。渡部さんは山ちゃんも発見できていません。ぜひ、探してみて下さい。

③原作・脚本のおもしろさ

このドラマが歴代最高の平均視聴率を誇る理由の一つに原作(山岡荘八)と脚本(ジェームス三木)の面白さにあったことは間違いないと思います。先に書いた通り、豪華キャストも一因だとは思います。ただ、最近の大河ドラマでも旬の俳優・女優や実力派が出演していながら視聴率が低迷しているのは、民放の安っぽいドラマと同様に俳優・女優で視聴率がとれるとNHKが勘違いしていることが原因に違いありません。原作・脚本が面白いドラマを視聴者は求めているんです。

『独眼竜政宗』は単なる伊達政宗の一代記ではありません。ドラマを一貫しているテーマは「家族愛」です。「父性愛」、「母性愛」や「子の親に対する愛情」などが至る所に描かれています。老若男女を問わず引きつける魅力はここに違いありません。幼少時に右目を失い、ひ弱ですらあった政宗は父親の大きな愛情で立派な伊達家の当主に成長します。敵に捕らわれた父を自らの命で敵ごと鉄砲で撃つシーンは名場面の一つです。そして、「父上のこのような無残な姿を母上にお見せできない。」という台詞には父母に対する深い愛情が表れていると思います。一方、一途で男勝りの母親の盲目的な愛情も印象深いものでした。次男を溺愛する母に疎まれていると感じた政宗は一生懸命に母の関心をひこうとします。政宗がひねくれなかったのは父や周囲の者たちの支えがあったからです。感情的で孟母である反面、愛情深い母親は、小田原参陣を控えた政宗の運命を悲観して毒を盛ります。苦しむわが子に対して涙を流しながら「慈悲じゃ」という母親。元服の祝いに母からもらった数珠を懐から取り出し、床にたたきつけながら「さらば」と返す政宗。その後、政宗は実の弟を自らの手で斬ります。ものすごい愛憎劇です。ところで、伊達政宗の肖像画は隻眼(片目)で描かれているものが少ないのは知ってますか?これは政宗が「親から産んでもらった身体に傷をつけたことは何よりの親不孝である。」といい、肖像は両目が開いた姿で描くようにと言い残したからだということです。こんなところにも政宗の父母に対する敬愛の情が表れていると思います。

そして、政宗の人生が「人の人生そのもの」であると感じる人も多かったのではないでしょうか。当時、高校生だった山ちゃんには若い頃の政宗が、この上なく格好良く思え、それこそ「かくありたい」と思ったことを覚えています。若い頃の政宗は自信と野望に満ちあふれていました。ただ、奥州という狭い世界の中でしか自分の器量をはかることができませんでした。俗に言う、「井の中の蛙」だったわけです。山ちゃんも「井の中の蛙」でした。でも、考えてみると「井の中の蛙」ぐらいでないと厳しい人生を勝ち抜くことは出来ません。要は「大海」を知ればいいわけです。政宗が秀吉と小田原で対面するのは24歳の時でした。若い人たちが世に出るのと、あまりかわらない年齢です。ここから政宗は生き抜くために己の知恵と才覚を駆使し、絶体絶命の危機や苦難を乗り越えていきます。若い年代の人たちは言うまでもなく、我々の年代にも学ぶところが非情に多いと思います。この歳になって改めて見返してみると、本当に深いドラマだと感心します。このドラマの魅力は語り尽くせません。『DVDの大人買い』をしなくても、再放送していますので、ぜひこのチャンスをお見逃しなく!

「山ちゃんも、かくありたい。」

以上、山ちゃんでした。

『音速の貴公子』 アイルトン・セナの思い出

こんにちは、山ちゃんです。

今日、5月1日はF1ドライバーのアイルトン・セナの命日です。セナがサンマリノGPのレース中にクラッシュで亡くなってからちょうど20年になります。

アイルトン・セナ(1960-1994)Ayrton_Senna_Interlagos_-_Cropped

 1987年は日本GPの再開と、中嶋悟が日本人初のF1フル参戦を果たした年でした。また、前年の1986年にはホンダエンジンが初めてタイトルを獲得していたこともあり、日本ではバブル景気と共に1980年代後半から空前のF1ブームを迎えました。そのブームを支えたのがホンダ、中嶋悟、セナでした。この三者が揃ったのが、1987年のロータス・ホンダでした。

1988年にはセナがマクラーレンに移籍し、ホンダエンジンもマクラーレンに供給されるようになりました。そして実現したのがセナ、アラン・プロスト、マクラーレン・ホンダのF1史上に残る最強タッグでした。

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なんと、この年(1988年)は16戦15勝、16戦中15回のPP(ポールポジション)獲得という空前絶後の大記録を打ち立てるのです!

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マクラーレンMP4/6(ホンダV12)&アイルトン・セナAyrton_Senna_McLaren_MP4-6_1991_United_States

 1991年に中嶋が引退、1992年にホンダがF1を撤退した後は、日本のF1人気をセナが一人で支えたと言えるでしょう。1992年~1993年はウィリアムズ・ルノーがF1を席巻していました。セナはマクラーレンに留まり、信頼性やパワーに劣るマシンを駆りながら孤軍奮闘していました。そして、ついに1994年、ウィリアムズへの移籍が実現しました。既に通算41勝、1988年・1990年・1991年と3度のタイトルを獲得していましたが、ライバルのプロストは通算51勝と4度目のタイトルを獲得して1993年に引退をしていました。「皇帝」ミハエル・シュマッハやミカ・ハッキネンなど後に偉大なチャンピオンとなる若手ドライバーにとっては、セナは乗り越えなければならない高い壁になるはずでした…。

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 1994年はセナにとって最高のシーズンになるはずでした。ところが、シーズンが始まる前からマシンの不調が伝えられていました。もともと神経質そうなセナの表情がどんどん暗くなっていきました。シーズン開幕後も予選こそ抜群の速さを見せて3戦連続のPPを獲得するものの、決勝レースではトラブルに見舞われ3戦連続のリタイアに終わっていました。そんな中で迎えた第4戦がサンマリノGPでした。この週末は呪われた週末でした。予選初日にルーベンス・バリチェロがクラッシュで重傷。予選二日目はローランド・ラッツェンバーガーが事故死しました。F1に死亡事故はつきものだと思うかもしれませんが、レース中の死亡事故は1982年以来、レース外でも1986年以来のことでした。(その後、現在まで死亡事故は発生していない。)

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サンマリノGPでのセナ最後の雄姿Formula One World Championship

 4戦連続のPP獲得を果たし、運命の決勝レースが始まりました。決勝もスタート直後にクラッシュするマシンがあり、セーフティカーが周回を先導しました。そして、レース再開から2周後の7周目に悲劇は起りました。トップを走っていたセナがタンブレロという高速コーナーでコースアウトし、そのままコンクリートウォールに激突。直ちにレースは中断され、セナはヘリコプターで病院に搬送されましたが、レース終了の2時間後にセナの死亡が発表されました。死亡時刻は14時17分、即死でした。

早いもので、セナの死から20年。日本のF1人気もセナの死とともに去ってしまったようです。フジテレビも地上波での放送はしなくなりました。今年に入って、ミハエル・シューマッハがスキー中の事故で昏睡状態が続いているというニュースが入ってきました。何か因縁を感じるのは山ちゃんだけでしょうか…。

以上、山ちゃんでした。

武士語を学ぼう②

こんばんは、山ちゃんです。

突然ですが、4月から大河ドラマ「独眼竜政宗」がBSで再放送されているのは知ってますか?歴代最高の平均視聴率(39.8%!)を誇る、NHKの大河ドラマ史上に燦然と輝く名作です。数々の名台詞も残しました。中でも幼少時代に疱瘡で右目を失った梵天丸(政宗の幼名)が不動明王について教えられた際に守役の喜多に語った「梵天丸もかくありたい」という台詞は流行語にもなりました。27年も前の作品なので、映像技術などは現在とは比較になりませんが、脚本が素晴らしい上に、キャストも豪華でした。何よりも主役の渡辺謙さんの演技の素晴らしさは言葉では言い尽くせません。ぜひ、ご覧になって下さい。

さて、武士語の話ですが、先ほどの「梵天丸もかくありたい」を現代語訳すると、「梵天丸もこうありたいものだ」ということになります。まぁ、この程度でしたら説明の必要もないとは思いますが、大河ドラマ等をより楽しく観るために、今日は応用編として名場面で使われる武士語を学んでいきましょう。

<仇討ちシーンで使われる武士語>

・拙者○○の忘れ形見「私は○○の遺児である」

・いざ、尋常に勝負「潔く勝負しろ」

※ちなみに「尋」も「常」も長さを表す言葉です。「尋」が八尺(約2.4m)、「常」は倍の十六尺(約4.8m)で八尺や十六尺は並の長さということで、通常では「尋常」は普通や当たり前のことを表す言葉です。

・仇呼ばわりとは片腹痛い「仇呼ばわりとは、身の程知らずでおかしくてたまらない」

・笑止千万「おかしくてたまらない」

・刀の錆にしてくれる「返り討ちにしてやる」

・かたじけない「ありがとう」

・本懐を遂げる「目的を達成した」

こんな言葉がよく使われます。また、次回に他の名場面で使われる武士語を学びましょう。

以上、山ちゃんでした。

 

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